堤未果『デジタル・ファシズム』を読んで――日本国家と個人の独立性の喪失、金融覇権の変化と個々人の自由の喪失、子供の考える力が奪われる

  堤未果『デジタル・ファシズム』(NHK出版新書、2021年8月)を読んだ。タイトルは、私にすれば『デジタル・ファシズム』ではなく『デジタル全体主義』にすべきだと思う。なぜなら、現実にそれを進めているど真ん中には、ナチズムや共産主義を信奉する人たちが存在するし、現実に最も最先端で進めているのは、共産主義者が支配する中国だからだ。ナチズムなどのファシズムと共産主義を包含する全体主義の用語を使うべきだと思う。いまだに、共産主義がファシズムよりも優れているとの幻想が残存しているからか、こういうときに全体主義ではなくファシズムを使う人が多いように思われる。

そのことはともかくとして、本書は、日本のデジタル化が叫ばれる今日、デジタル化そのものに反対しているわけではないが、デジタル化の怖さについて、マイナス点について体系的に教えてくれる好著である。
例によって、まずは目次を示したうえで、特に面白く感じたところを紹介したり、本書と関連して感じたこと、思ったことを記したりしていきたい。

目次

第Ⅰ部 政府が狙われる
第1章 最高権力と利権の館「デジタル庁」
3.11と「日本デジタル化計画」
各国が警戒するオンライン会議ツール「ZOOM」
生体識別情報を自動収集する「TikTok」
最高権力を持つ「デジタル庁」が来る
政府サービスにアマゾンはOKか?  

第2章 「スーパーシティ」の主権は誰に?       39頁
丸ごとデジタル化された街
スーバーシティの三つの落とし穴 
デジタル版「国家戦略特区」
「公共」が消えた自治体
公務員が要らなくなる
福祉の不正受給者をあぶり出せ 
ロボット化するケースワーカーたち
AIがお腹の赤ちゃんの「信用スコア」を決める

第3章 デジタル政府に必要なたった一つのこと      67頁
「スイッチ一つで国中停電にされる」――フィリピンの失敗
「紀州のドンファン元妻逮捕」の裏で決まった危険な〈RCEP〉協定
デジタル化した政府を信用できますか?――エストニアの秘策
ブロックチェーンを味方に付けよ
世界のエリート集団が描くデジタル新世界「グレート・リセット」 
難民の行動をデジタルIDで管理する〈ID2020計画〉
個人情報は「性悪説」で守るべし 
街からグーグルを追い出した市民たち
私たちにはネット検索されない権利がある 
デジタル政府に必要なたった一つのこと

第Ⅱ部 マネーが狙われる    97頁
第4章 本当は怖いスマホ決済
中国もびっくり! 現金大国日本 
キャッシュレス決済一位の韓国はカード地獄
私生活が丸ごと監視される中国
月200万件の融資を8秒で審査 
NTT利権が崩された訳 
菅政権のキーマン二人は揃ってPayPay関係者
〇〇ペイに預金者保護法はない
地方銀行が淘汰されていく
GoToトラベルとデジタル給与の共通点       135頁
危険すぎる竹中平蔵式「ベーシックインカム」

第5章 熾烈なデジタルマネー戦争
80年代に語られた「デジタル通貨」の青写真    141頁
巨大利権に挑み、潰された仮想通貨「リブラ」
さっさとデジタル通貨を発行せよ
アメリカのドル支配から逃げ出したい国々
日本にデジタル人民元がやってくる 158頁
インド、韓国、EUも続く 
最終ゴールは「世界統一デジタル通貨」      161頁
国家の通貨発行権が消滅する 163頁
高額紙幣から消えていく
秒速で決済完了する体内マイクロチップ

第6章 お金の主権を手放すな           171頁
現金を無くせば犯罪が減る、は本当か
2024年にタンス預金が没収される?          174頁
キャッシュレスの次はデジタル財産税 
高齢者を狙う、デジタル訪問販売詐欺に注意
韓国と手を組んだゆうちょ銀行の信用スコア
お金の主権を手放すな   

第Ⅲ部 教育が狙われる
第7章 グーグルが教室に来る
4600億円利権の「GIGAスクール構想」……2019年12月発表 193頁
膨大な生徒たちの個人データをグーグルが収集する
緩められた自治体の個人情報保護ルール
公立学校の敷地に5G基地局が建てられる
教師は全国で1教科ごとに一人いればいい
「パンデミックで邪魔な規制は消滅した」 
加速するオンライン教育
世界とGAFAの餌食になるアフリカの子供たち 

第8章 オンライン教育というドル箱       219頁
アメリカ発の教育ビジネス
學校に投資せよ
ベンチャーが教育を投資商品にする
教育ビジネスとタッグを組んだオバマ大統領 
子供たちを仮想空間に移せ 
200万ドルのプライベートジェットで豪遊 
立ち上がる親と教師たち

第9章 教科書のない学校   244頁
13億人のAI教師が居れば生身の先生はいらなくなる?
「タブレットがないと、全部自分の頭で考えないといけない」
教科書のない学校 
ビル・ゲイツは自分の子供にスマホを持たせない
情報の多様性を体で感じる---荒川区の学校図書館活性化計画
待てないデジタルと、待つことの価値
タブレットは情報格差を見えなくする
教育改革は決して急いではいけない 
倫理を持たないAI VS 未来をえらぶ私たち

エピローグ


「第Ⅰ部 政府が狙われる」では、情報が国家及び自治体に握られ、かつそれらの情報がアメリカや中国などの外国に握られていく危険性が語られる。日本国家も個々人も、独立性・主体性を奪われて行っているのである。「第Ⅱ部 マネーが狙われる」では、金融のデジタル化が招くふたつの危険性、すなわちデジタル人民元が金融覇権を握る可能性と個々人の自由・主体性が完全に奪われる可能性が示される。「第Ⅲ部 教育が狙われる」では、教育のデジタル化を通じて、将来を担う子供たちの考え方・思想が統一されるとともに、そもそも考える力が奪われていく危険性が示されている。

「第Ⅰ部 政府が狙われる」――日本国家と個人の独立性の喪失

最高権力と利権の館「デジタル庁」

 順に気になったところから見ていくならば、第Ⅰ部第1章〈最高権力と利権の館「デジタル庁」〉を読むと、日本デジタル化計画は、2011年3月11日の東日本大震災から始まる。

 この時、アメリカのシンクタンクによって書かれた日本復興シナリオの中で、医療を始めとする重要な個人情報のデジタル化と、それらのデータを共有する「企業主導でのデジタルネットワーク構築」が提案された。   17~18頁

 本書によれば、2011年8月、世界最大のアメリカ系コンサルタント会社アクセンチュア日本法人が、会津若松市にイノベーションセンターを設立した。アクセンチュアは、復興支援を掲げて、「会津地域スマートシティ推進協議会」を設立させる。2015年1月、会津市は、「デジタル地方創生モデル都市」に認定される。そして、アクセンチュアと三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、〈全国共通自治体デジタルプラットフォーム〉を全国に向けて提案する。

 このアクセンチュアが作り出した流れに従い、2019年に「デジタルファースト法」が成立し、行政手続きを原則としてデジタル化することになった。2020年12月25日、「デジタル・ガバメント実行計画」がひっそりと閣議決定された。そして、2021年5月12日、デジタル庁設置法など63本の法案が参院で可決された。

 本書によれば、このデジタル庁には3つのおおきな特徴がある。第一に権限がとてつもなく大きい。デジタル庁は内閣の直轄機関であり、他の省庁への勧告を閣議決定せずに直接行えるのだ。内閣府より上位の省庁である。第二に、年間1兆8千億円という巨額の予算が付く。配下に収める業務としては、以下のようなものがある。
・全省庁の給与と人事、補助金申請などの業務
・全国自治体のシステム統一、国税管理
・財務省の予算
・総務省のマイナンバー発行、全国民情報の一元管理、AIによる監視システムの整備
・文部科学省のデジタル教科書
・厚労省のマイナンバーカードと健康保険証の紐づけ
・警察庁の運転免許証
・経産省の民間デジタル化
・スーパーシティ               29頁


 巨大な権力である。しかも、第三に、巨大な権力を握るデジタル庁で働く人たちが民間企業とデジタル庁の間を行ったり来たりするシステムになっている。所謂アメリカと同じ「回転ドア」のシステムである。民間企業とデジタル庁では利益相反があるが、これを合法化してしまっているのだ。

 デジタル政策を企画立案する「IT総合戦略室」という部署が設置されているが、そこには民間企業出向者が100人以上働いている。彼らは、民間企業に籍を残したまま、非常勤公務員として働いている。彼らの待遇は、週2,3回勤務、勤務時間は90時間以内、賞与ゼロ、昇給、各種社会保険もなしである。当然、国家国民のためよりも、自社のために働くことになる。この劣悪な条件で働けるのは大手IT企業の社員だけである(31~32頁)。

結局、デジタル庁は、大手IT企業の利益のために働くことになるのではないか。コロナ禍において税金を私物化するパソナなどの動きを散々見せられてきたが、同じことが、もっと大規模におきそうである。

政府サービスにアマゾン

しかも、中央省庁向けの政府共通プラットフォームの製造販売元は、アメリカのアマゾンとなった。

本書によれば、アマゾンは、CIAやNSA(米国国家安全保障局)などとの関係が深い企業である。また、2020年1月1日発効「日米デジタル貿易協定」によって、アメリカ企業が日本でデジタルビジネスをするさい、個人情報などを管理するデータ設備を日本国内に置く要求はできなくなっている。他にも、デジタル製品への関税禁止、個人情報などのデータは国境を越えて移動させられる、コンピュータ関連設備を自国内に設置する要求の禁止、などが決められた(34~36頁)。 

世界各国は、独自のデジタルシステム構築に力を注いでいるが、日本だけは反対の方向を向いている。デジタル行政は、日本の大手IT企業だけではなく、それ以上に、アメリカのGAFAだけではなく、中国のBATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェィ)の餌食にされていくだろうことは明確である。

「スーパーシティ」の主権は企業に移る!?

第2章〈「スーパーシティ」の主権は誰に?〉では、話題の「スーパーシティ」が扱われる。スーパーシティを最先端で進めるのは中国である。2010年から武漢市、深圳市で始まり、500以上の地域でスーパーシティの建設や計画が進められている。スーパーシティでは、無人行政、無人銀行、無人スーパー、無人ホテル、自動運転などが実現している。

 この中国の構想が日本に取り入れられ、2020年5月27日、「改正国家戦略特区法(スーパーシティ法)」が成立した。「国家戦略特区法」とは、2013年6月14日、成立した。例えば東京や大阪などの医療特区では、医師以外が病院経営できることとなり、病院株式会社も、外国人医師による医療もOKとなった。教育特区では、株式会社による学校経営も、外国人経営、外国人教師の教える学校も可となった。

 「改正国家戦略特区法(スーパーシティ法)」は、デジタル版の「国家戦略特区」をつくる法である。地方自治のあり方を変えてしまう重要な法案だが、衆参両院合わせて11時間の審議で速やかに採決された。こういうほとんど議論もされず反対なく通る法案にはろくなものはない。スーバーシティ法には三つの落とし穴がある。

➀各種サービスを行う企業を入れるときの決定権の問題

 自治体のゴミ処理、電機・ガス・水道などのサービス、キャッシュレス決済、ロボットタクシーなどの企業を入れるとき、どの企業のどういうサービスを入れるのかを決定しなければならない。その決定は誰がするのかという問題が出てくる。

 「スーパーシティ構想の有識者懇談会」の竹中平蔵座長によれば、スピードが大事だから、国の許可は飛ばして事後報告だけでよい、住民たちから意見を募集するパブリックコメント(パブコメ)は、役所の掲示板に一週間紙を貼っておくだけですませばよい。そのあとは、「自治体の首長と企業、および実際にサービスを提供する事業者の三者からなる〈地域協議会〉が最終決定すればOKだ」(42頁)。

 この部分を読んで、NHKで放送していた『17歳の帝国』というドラマのことを思い出した。AIを使いながら運営される実験都市の市長に選ばれた17歳の高校生の話だ。市長になった高校生が真っ先にやったことは市議会の廃止であった。どうも、グローバリズムの物事の進め方の特徴は、何よりも議会潰しという点にあるようだ。

 ともかく、竹中プランでは、自治体の首長と民間企業が物事を決定する。住民たちは、自己の代表としての議会を持てず、パブコメもどきで自己の意思を示したことにされてしまっている。完全にいわゆる住民主権はなくなってしまうのである。

②住民が被害にあったとき、だれが責任をとるか、という問題

 例えば、ロボットタクシーは、道路交通法を緩めて許可されることになるが、そのタクシーが事故にあったときにだれが責任をとるかという問題がある。「街自体がビジネスをする側に有利に設計されているので、泣き寝入りにならずきちんと訴えるためのしっかりした法規制が入るよう、チェックしなければならない」(42頁)。

 また、街の中をデジタルでつなぐためには5Gが必要となるが、人体への影響が懸念される安全性問題については、全く考えられていない。

➂個人情報の扱いが緩くなる問題

 「通常は自治体が個人情報を扱う際には本人の同意が必要になるが、街全体のサービス向上のために使うなど〈公益〉を目的とした使用であれば、同意が不要になる。個人情報がビジネスチャンスになる企業側」(43頁)は当然、〈公益〉目的だとして本人の同意なく個人情報を使用する道を選ぶことになろう。

 このような3点の問題に注意していくと、「スーパーシティ」は、住民のための街ではなく、企業が儲けるための街になっていく危険性がある。「スーパーシティ」の主権は住民ではなく、企業が握ることになる。「スーパーシティ」は企業天国になり、「公共」というものが消えていくのだ。

「公共」が消えた自治体 

 実際に、アメリカでは、「公共」が消えた自治体が既に現れている。2005年、ジョージア州フルトン郡から住民投票で独立したサンディ・スプリングス市という自治体がある。行政サービスをすべて民営化した「完全民間経営自治体」である。住む資格があるのは、平均年収1000万円の富裕層である。ある時、富裕層の人たちに一つの考えが浮かんだ。我々が一生懸命稼いで納めた税金が、低所得層や高齢者の福祉、何も努力しない人たちのために使われるのは理不尽ではないか。そこで、フルトン郡から独立し、「富裕層の富裕層による富裕層のためだけの自治体を立ち上げた」(49頁)。そして人口9万4千人の新都市が生れた。

 この新都市では、市長も市議も職員もすべて民間企業から派遣される。警察や消防車もすぐに来る。90秒で来る。すべてが効率的にスピーディーに運営される。

 しかし、この考え方ならば当然だが、例えば、事故で障碍者になり働けなくなり収入がなくなると、もうこの市には住めなくなる。

 また、富裕層がゴッソリ抜けたフルトン郡は、年間4億ドルも税収が減少した。公務員を次々リストラしていき、警察署もなくなってしまった。警察を頼んでも2日かかる。その間に犯罪はし放題となった。消防も同じ状態となった。

公務員が要らなくなる 

 サンディ・スプリングス市の例からわかるように、「デジタル化の強みであるデータの統合や自動化、効率の追求とそれに伴うサービス民営化という一連のステップを進めてゆくと、必然的に自治体の必要性は薄まってくる」(51頁)。

 そこで、2018年、総務省は、デジタル化に伴う「自治体戦略2040構想」を発表した。地方から自治を奪う、公務員を減少する、公共サービスを民営化する、という三点セットが特徴である。実際、国家公務員が81万人(2001年)から28万5千人(2017年)へ減らされた。7割減である。先進国でも飛びぬけて公務員が少ない国になった。

 その弊害は、いろいろ現れている。2019年の台風被害の際に、東北被災地では、ボランティア頼みで、復旧作業を担いきれなかった。一人の児童福祉司が年間約43.6人の児童を抱える千葉県柏市では、虐待死を防げなかった。保健所や公立病院の補助金は2007年以降の10年間で半分に減らされたため、コロナ禍で十分対応することができなかった。等々である(54頁)。

ロボット化するケースワーカーたち

 1970年代初め、アメリカでは、福祉の経費削減と福祉サービスの向上の両者を満たすために、福祉のデジタル化を図った。1974年、ルイジアナ州が、初めて福祉システムのデジタル化に踏み切る。「福祉予算増大と財政難という同じ悩みをかかえる他の州も、続々と後に続いた」(58頁)。その結果、福祉予算は削減された。福祉手当は、貧困層の2人に一人が受給していた(1973年)が、10年後には10人に3人に減少し、最終的には10人に一人になってしまう。

 なぜ、そうなったのか。「現場で対面で話を聴いていたケースワーカーたちの給料が下げられ、受給資格を認定する裁量を取り上げられる一方で、申請を却下して受給候補者たちをリストから消したケースワーカーにはボーナスが支払われる」(59頁)からである。また、申請書類とデータに矛盾があれば書き直させられるので、ストレスから申請をやめる人が続出し、申請者数が激減したからである。

 2006年、インディアナ州では、個人情報のデータ収集と監視作業というケースワーカーの業務を民営化し、IBMに委託した。ケースワーカーの7割は、IBMのコールセンターに契約社員として転属した。数値ノルマを与えられ、申請者の対応をした。多くのケースワーカーは、申請者の電話を短時間で切り上げた。「2006年からの2年間で却下率は5割増。約100万人分の申請が却下され」(61頁)たという。必要情報を自分で入力しなければならないシステムなので、失業者、障碍者、シングルマザー、高齢者などが福祉サービスを受ける資格を失っていった。批判が沸騰し、知事はIBMを訴えた。訴訟の後、州ではデジタル化したサービスを廃止した。だが、元には戻らなかった。福祉の知識と現場の経験値をもつベテランのケースワーカーが居なくなっていたからである。

AIがお腹の赤ちゃんの「信用スコア」を決める    
         
 行政サービスのデジタル化に伴い、「信用スコア」制度が導入される。米ペンシルバニア州は、福祉事務所をデジタル化しAIの予測分析システムを導入し、「信用スコア制度」を入れた。これは、貧困家庭など福祉を利用するグループに関する個人情報を蓄積し、その情報を基に、虐待や育児放棄にさらされるリスクが高い子供を特定し、スコアを出しておいて高いスコアの家庭に対して早期介入するシステムだ。母親のお腹にいるうちから信用スコアが出せるということで称賛された。

 「だがこのシステムは、人種や経済的困窮者に関する偏見を助長し、コミュニティを分断するという結果をもたらすことになる」(64頁)。通報は大半が黒人やヒスパニック、移民の家庭に関するものなので、黒人などの信用スコアは低くなり、虐待危険度指数が高くなる。そのため、デジタル化の中で経験を積んだ調査員たちは、人種間で通常虐待率に差がないにもかかわらず、白人よりも有色人種の家庭の調査を多くすることになる。これが、人種などに関する偏見を助長することになる。

 人種などへの偏見助長の問題以前に、このシステムは、調査対象になった家庭の保護者や子供に大きなトラウマを植え付ける。調査対象になること自体がトラウマになるし、虐待などの事実があろうとなかろうと、「一度調査対象になると、保護者は子供が23歳になるまで、州の児童虐待登録簿に名前が載せられてしまう」(65頁)。保護者にとってはひどいストレスとなるが、子供も大人になった時の就職が不利になるなどの不利益を被ることになる。このあたりの記述を読み、日本の児相問題ないし児童虐待問題のことを思い出した。児相による虐待調査が始まった家庭の親子が被る不利益の話である。

〈RCEP〉協定――サーバーを各国内に置く規定が否決

 第3章では、なんといっても、デジタル化に伴う中国の脅威が目につく。フィリピンでは、民間の電力会社「NGCP」を参入させたところ、この企業には中国企業「国家電網公司」の資本が入っていた。「NGCP」はじょじょに中国企業に支配されていき、送電網を動かしているサーバー設備が南京に移されていた。その結果、中国政府の意向一つで、フィリピンをスイッチ一つで停電にすることができるようになったのである。

 サーバーをどこに置くかは、かように重要な問題だ。だから、各国政府は、デジタル事業を営む外国企業に対して、サーバーを自国内に置くように要求するのが常である。

 しかし、2020年12月にひっそりと交渉が行われ、2021年3月、4月に国会で承認された〈RCEP〉協定では、サーバーを各国内に設置する規定は可決されなかった。デジタル産業で圧倒的に優位に立つ中国の一人勝ちとなった。この〈RCEP〉協定の中身についてもほとんど報道されず、審議らしい審議もなされぬまま国会で承認されてしまった。第1章で見た「日米デジタル貿易協定」と〈RCEP〉協定によって、デジタルの世界、情報の世界における日本の米中に対する属国化、従属国化はほぼ決まってしまったのである。こういう大事なことを全く議論しない政府、国会、マスコミは、外国のために働く売国機関だといえよう。もうずいぶん昔からの話だが。

世界のエリート集団が描くデジタル新世界「グレート・リセット」 

 しかし、デジタル化を進め、5Gでつないだスーパーシティの世界は、どんな世界を目指しているのであろうか。2016年、世界経済フォーラム(ダボス会議)の創設者、クラウス・シュワブは、これからの社会について次の様に予測した。

 そこでは全てをつなげる5GやAIなどの新しい技術が、日常を送るうえで必要な様々な事柄を本人の代わりに決定してゆくようになるという。そして私たちの小さな行動から個人的傾向、人間関係に至るまで、24時間デジタルで監視された個人データが、フェイスブックやフアーウェイやグーグルのような、一握りの巨大プラットフォーマーの基に集められてゆくようになる。
 
 政府が私たちの頭の中に侵入し、私たちの思考を読み取り、行動にまで影響を与えることを可能にする世界

 シュワブ氏はそれらが、革新的な技術の進化と共に、物理的制限を超えてゆくだろうと断言する。

 手首に装着するサイズのコンピューターから、三次元の音と映像を映し出すバーチャル・リアリティー・ヘッドホン。やがてデバイス自体が皮膚の奥や脳に移植される時代が来るのは、ほぼ確実だ、と。  82~83頁


 情報が一カ所に集められ、人々の行動が思考の段階から管理監督される世界がこれから来るという。二番目の傍線部には特にぞっとする。

正反対のエストニアと日本

 情報が一カ所に集められるという点では、行政サービスがすべてデジタル化したエストニアが最先端を行っている。しかし、さすがに権利意識の高いヨーロッパの国らしく、「デジタルIDを通して個人情報が1か所に集められる代わりに、それらのデータに対する権利は本人に帰属する」(78頁)としている。一方で情報が一カ所に集められ管理が強化される動きとともに、他方で個人情報を守る工夫がされているのがおもしろい。中でも重要な工夫は、国民が、自分のデータをいつでも削除する権利をもっていることが印象的だった。

 さらにエストニアでは、「住民の個人情報に、行政や企業が本人の同意なしに触れないよう、アクセス自体を許可制にして、全ての行動はログに記録されて監査を受ける仕組みにしている」(86頁)という。

 関連して言えば、フランスの裁判では、ネット検索されない権利が認められた。2011年、フランスのある女性が、ネットに掲載された過去のヌード写真の削除を求める裁判があった。「ネット上の個人情報は、本人である私に消去する権利があるはずだ」として、裁判に訴えた。裁判官は女性の訴えを承認した。この裁判は、「忘れられる権利」をめぐる裁判として有名になったという(91頁)。

 しかし、エストニアをモデルにしてデジタル化を進めようと嘯いている日本では、正反対の動きをしている。個人情報の保護をますます緩める法改正をしているのだ。すなわち、 「改正国家戦略特区法」(スーパーシティ)では、事務手続きに支障が出ると判断されれば、政府や自治体が本人の許可なく個人データを第三者に提供できるようになったのである。

 ただ、スーパーシティは国レベルではなく自治体レベルの話だから、自分の自治体のところで阻止できるのがまだ救いである。なお、この第3章では、グーグルを街から追いだしたカナダ・トロントの例なども記されている。以上で第Ⅰ部を終え、第Ⅱ部に入っていこう。

第Ⅱ部 マネーが狙われる――金融覇権の変化と個々人の自由の喪失

「第Ⅱ部 マネーが狙われる」では、金融のデジタル化が招くふたつの危険性、すなわち個々人の自由・主体性が完全に奪われる可能性と、デジタル人民元が金融覇権を握る可能性とが示される。

 第一の可能性は、〈第4章 本当は怖いスマホ決済〉と〈第6章 お金の主権を手放すな〉を読むと分かる。 

カード地獄の韓国と私生活丸ごと監視の中国

 今、政府は、デジタル化を進めて現金を大幅に減らし、キャッシュレス決済に持っていこうとしている。しかし、第4章や第6章を読むと現金決済の部分を一定程度は残していかないと大変なことになることがよくわかる。

 隣国である韓国と中国は、金融デジタル化の先進国であり、キャッシュレス決済が進んだ国である。キャッシュレス決済97.7%で世界一位の韓国から見れば、「韓国ではクレジットカードと国民登録番号が紐づけられているため、カードを使った消費行動は、いつどこで、何をいくらで買ったか、全ての履歴が記録されていく」(106頁)。とともに、小売店にはカード決済の導入を義務付けたため、小売店は帳簿のごまかしをできなくなった。

 また、カードが大量に発行されることになった。15歳以上ならだれでもカードを作れるようになり、さらには、外資の圧力によりキャッシング貸し出し金額の上限規制を撤廃した。それゆえ、「最高1000万ウォン(約95万円)まで自動的に借り入れができるようになり、A社で借り入れた金額をB社のキャッシングで返済し、それをまたC社からのキャッシングで返済するという、〈自転車操業キャッシング〉が目立ち始めた」(108頁)。

 さらに、消費者がキャッシュレスで消費すれば、そのデータを基に好みの新製品の広告が送られてくる。するとまたキャッシュレスで消費する。そして、カード支払いの延滞率が上昇し、多重債務者が増加することになった。「これらの不良債権がある時点で限界を迎えた時、韓国経済はドミノ倒しのように崩れていくことだろう」(110頁)。

 韓国に次ぐキャッシュレス社会である中国では、都市部を中心に経済活動はほとんどキャッシュレスで行われている。その結果、あらゆる個人情報が、二大大手であるアリババかテンセントに抜かれる。2015年、アリペイは「信用スコア」を自己の決済システムに搭載した。その「信用スコア」は、5項目から計算される。すなわち、学歴や勤務先、資産、人脈、行動(買い物歴、交通違反、各種トラブル)、返済履歴の5項目である。信用スコアが低くなると、ローンや融資の審査、就職や入学などで不利となる。スコアが低くなりすぎると、各自治体が管理するブラックリストに掲載され、経済活動ができなくなる。逆にスコアが高くなると、ローンの金利が優遇されたり、住宅の敷金が無料になったりの特典が多く存在する。ともかく、キャッシュレスが進んだ中国では、人々は私生活を丸ごと監視されるわけである(110~114頁)。

 こういう信用スコアについては、中国国民は概して肯定的である。しかし、中国政府は、「国にとって好ましくない人間は、普通の生活すら立ちゆかなくなるのだ」と言っている。恐ろしい監視社会が成立しているといえる。

 「信用スコア」は、アメリカでは合法ビジネスとして成立している。「SaaS」(監視によるサービスソフト)が売り出され、このアプリをダウンロードすれば、特定の個人のオンライン上の行動が洗い出される。SNSの投稿及びメールの中身、フェイスブックのプロフィール、GPSの行動履歴・移動距離、電話に出た回数、アドレス帳に入っている知人の数などの詳細データに基づき信用スコアが叩き出されるわけである(115~116頁)。

危険すぎる竹中平蔵式「ベーシックインカム」

 ここまで見てきたところから知られるように、デジタル化・キャッシュレス化とともに、IT企業や政府による監視・管理は強化されていく。デジタル社会では、ボタン一つで人の行動を止めることができるし、人の行動を統制することができる。「蛇口を開けるのも閉めるのも政府が握ることになるので、反政府の暴動は減ってゆくだろう」(138~139頁)。実際、中国における信用スコアとキャッシュレスの組み合わせは、国民をおとなしくさせたとう。

 日本でもPayPay銀行が個人の信用スコアを企業に販売し始めており、2021年5月に成立したデジタル改革関連法では、個人情報保護法が緩められ、これからは思想信条や犯罪歴、病歴などのセンシティブな個人情報も次々にデジタル化されてゆく」(140頁)。信用スコア的な制度が日本でも現実化するかもしれない。

 しかも、竹中氏は、「ベーシックインカムを入れる代わりに、生活保護や年金を廃止して、その分の予算をほかに回すという」(140頁)。竹中式「ベーシックインカム」の制度ができれば、信用スコアが低いため給付金が止められる可能性が生れるかもしれない。

お金の主権を手放すな――現金決済を残すことの重要性 
   
 デジタル化・キャッシュレス化とともに、個々人の行動の自由は制限されていく。政府批判のデモ活動を抑えるために、カナダでは、コロナ禍の際、指導者が銀行からお金を引き出せないようする手も使われている。そうなると、いくら資金を持っていたとしても、リーダーたちは普通に買い物したり食事したりすることもできなくなってしまうのである。個々人はじょじょに独立性を失っていっているのである。

 それゆえ、本書は、次の様にいう。

 デジタルマネーの台頭で現金が減ってゆくことで失われる、私たちのプライバシー。
 想像してみてほしい。
今日常の中で私たちが持つささやかな、お金についての「匿名性」や「主権」や「自由」を手放さないと決めることが、どれだけ大きく未来の社会に影響するのかを。 188頁


 幸い、日本はキャッシュレス化の後進国であり、まだまだ現金大国である。この後進性こそが、デジタル化に伴う管理社会化、全体主義化に対する大きな歯止めとなっていくのであろう。

アメリカのドル支配から抜け出す動き

 第二の可能性は第5章で示されている。ここでは、「デジタル通貨」の拡大の可能性が語られ、「デジタル人民元」が力をもつ可能性が語られ、最終的には「世界統一デジタル通貨」に向かって動いていくのではないかとされる。第5章で最も興味を惹かれたのは、「アメリカのドル支配から逃げ出したい国々」という小見出し部分の記述だ。 

 ここには、アメリカのドル支配から独立したがっている諸国の動きが記されている。2019年12月19日、マレーシアで「イスラム諸国首脳会議」が開催された。この会議で、イランのロウハニ大統領は、脱ドル政策への協力を求めた。イスラム諸国のリーダーたちは、イランの考えに賛同した。会議では以下のことが話し合われた。
 ・イスラム諸国同士の貿易を現地の法定通貨で決済すること
 ・イスラム法に基づくデジタル通貨開発   153頁


 2020年8月、ブラジルは、デジタル・レアル発行の可能性の研究会設立を発表した。

 もちろん、一番脱ドル化政策を推進するのは中国である。中国は、ドル決済システムである「SWIFT(国際銀行間通信協会)」とは別個に、CIPS(人民元クロスオーダー決済システム)というものを作った。2020年7月時点でロシア、トルコ、アフリカ、マレーシアなど90か国が参加している。更に、プーチンは、これと別に、SWIFTを迂回する独自の分散型金融を構築しようとしている(153~156頁)。

 本書は昨年8月に書かれているが、ウクライナ戦争における対ロシア制裁として行われたSWIFTからのロシア排除に対抗する動きは、この数年間着々と行われてきたわけである。だからこそ、対ロシア制裁はもう一つ効果が現れないのであろう。

第Ⅲ部 教育が狙われる――子供の考える力が奪われる

 第Ⅱ部に続いて、「第Ⅲ部 教育が狙われる」に入ると、第7章第8章では、デジタル業界と政府がつるんで大きな儲け先として定めた学校教育を、デジタル化によってどのように変えていくのか、記されている。そして、第9章では、教育のデジタル化を通じて、将来を担う子供たちの考え方・思想が統一されるとともに、そもそも考える力が奪われていく危険性が示されている。

個人情報保護ルールのリセット

 〈第7章 グーグルが教室に来る〉からみると、コロナパンデミックの直前、2019年12月、4600億円利権の「GIGAスクール構想」が月発表された。生徒一人一台のタブレットが配布されることになった。

 コロナパンデミックの中てほとんど注目されることはなかったが、2021年5月12日「デジタル改革関連法」が成立した。その結果、個人情報の扱い方に関する規制が一挙に緩められた。これまでは、自治体は、個人情報収集について原則、「本人の同意」を必要とした。また、「センシティブ情報」とされる思想信条、犯罪歴、病歴、社会的身分などの情報は原則収集不可であった。

 ところが、この「デジタル改革関連法」で規制が緩められた。今まで各自治体が定めていた個人情報保護のルールは一旦リセットされることになった。「今後はすべての自治体が、国のルールに合わせることになる。また、「センシティブ情報」も、利用目的が明確ならば、今まで直接収集が原則だった情報を間接的に手に入れることも可能となった」(198頁)のである。

 個人情報保護ルールが崩されるだけではない。「GIGAスクール構想」のためには、4Gから5Gへの転換が必要であるが、公立学校の敷地に5G基地局が建てられる。楽天が手を上げた。だが、5Gは電磁波などによる健康被害が懸念される。2018年、NPT(米国国家毒性プログラム)は研究結果を公表し、電波が永久的なDNA損傷を引き起こすことを実証した。だが、本書によれば、今のアメリカでは、この研究結果が電波規制につながることはないだろうと予測している(199~201頁)。

教師は全国で1教科ごとに一人いればいい

 「GIGAスクール構想」の柱は、タブレット配布とともに、教科書のデジタル化だ。「今までは、デジタル教科書は紙の教科書の2分の1以下でなければならない、と法律で決められていたが、菅政権はこれを撤廃した」(203頁)。

 しかし、デジタル教科書には大きな問題がある。「問題と答えがパッケージで差し出されるデジタル教科書を前に教師が求められるのは、授業を面白くする工夫ではなく、タブレットを使いこなす技術だからだ」(203頁)。

 オンライン授業を主流にすれば、教師の多様性は不要となる→数を減らしましょう→究極には、各教科に全国一人でいい、ということになる。デジタル庁設置の中心人物である竹中平蔵パソナ会長は、そのように主張する。

 そうなると、普通の教師の仕事は、動画の内容を生徒が理解しているかチェックするものに変化していく。そうであるならば、YouTubeで動画を見るのと同じことになってしまう。教育は、教える側が一方的に流す「情報」になってしまうだろう。竹中氏らの考えには、二つの視点が抜けている。

 一つは「人間は対面で触れ合うことで共感をはぐくむ脳機能がオンになる」(205頁)こと、もう一つは、教育は教える側と学ぶ側の双方向の動きで成り立つことである。

世界とGAFAの餌食になるアフリカの子供たち

 しかし、2020年、新型コロナでパンデミックが起こされると、OECDの教育スキル局長アンドレア・シュライヒャー氏は、「なんと素晴らしい瞬間だ、これで邪魔な規制は消滅した」と言ったという(207頁)。

 世界中で、オンライン教育が加速した。中国、エストニア等バルト三国、フランス、ルーマニア、オランダ、オーストラリア、シンガポールで。ここ日本でも、学校のパソコン普及率は、たった一年でトップのアメリカに次ぐ7割となった。

 このようなグローバルなオンライン教育の加速は、OECDが2000年から3年ごとに行ってきた学習到達度調査(PISA)などを通じて進めてきた教育の画一化と市場化の延長上にある。この指摘には、なるほどなと思わされた。

 「そんな中、教育(Education)と技術(Technology)を組み合わせたエドテツク(EdTech)という新しい分野が投資家たちの注目を集めている」(215頁)。エドテックとは、オンライン学習を進めながら「教師が生徒の学習状況を把握し管理するツール」(215頁)である。このエドテックという分野を拡大してきたのは世界銀行とテック企業である。彼らは、パンデミックよりはるか前から、アフリカをターゲットにエドテツクを拡大してきた。

 世界銀行は、どのような子供も学校に通い生活のための基本スキルを学ぶ権利があるという謳い文句を掲げ、途上国の教育インフラに資金提供する。アフリカに関しては、1月たった6ドルで一人の子供が学校に通い未来を手に入れる、というビジョンを掲げた。

 しかし、6ドルはケニアやウガンダの一般家庭の月収の4分の1に相当する。また、この学校に通う費用は、給食費用などを合わせて20ドルになり、一般家庭の平均月収の8割が飛んでしまう。現実には、現場の人びとは悲鳴をあげたのである。

 この費用を徴収するのが、公設民営学校BIA(Bridge Ibternational Academies)である。BIAは、ケニアやウガンダだけでなくナイジェリアやインドなどにも参入している。教師は多くが無免許で、手元のタブレットをスクロールしながらマニュアルに沿って授業する。資金はタブレットやデジタル設備にだけ投入されるので、子供たちは不衛生で劣悪な設備で過ごしている。

 それゆえ、2015年5月、世界銀行ジム・キム総裁に、ケニアとウガンダの30の団体から1通の抗議文が届いた。内容は、BIAに対する批判、公教育無償化への支援を求めるものだった。「国際機関からの開発支援金を使うなら、マイクロソフトのような外国の民間企業ではなく、国内の公教育立て直しに使うべきではないか。……支援はありがたいが、教育の質を上げるためには、タブレットより人間の教師の方が必要だ。政府は投資する場所を再考してほしい」(218頁)というものだった。

費用は税金、運営は民間の〈チャータースクール〉

 〈第8章 オンライン教育というドル箱〉に入ると、舞台がアメリカに移される。アメリカにおけるオンライン教育による金儲けの手口が紹介される。アメリカで起きたことは数年後には日本でも起きるから、参考になる記述である。

 歴史を振り返ると、1970年代のアメリカでは〈新しい学校〉を求める動きがあった。当時の慈善家は「金を出すが口は挟まない」というチャリティ精神を貫いていた。したがって、これらの学校は、教育の質にこだわり、「子供ファースト」の運営を行っていた。だが、1980年代以降、ウォール街とグローバル企業群は、新自由主義の旗の下に、あらゆる公的分野をビジネスに変えていった。「政府は同じ公立校でも国の規制を受けない民間運営の〈チャータースクール〉に補助金をつけ、保護者が学校を自由に選べる〈バウチャー制度〉を導入した」(223頁)。1992年にミネソタ州で全米初のチャータースクールが誕生し、その後フロリダ州でチャータースクールに税金を投入する〈バウチャー制度〉が始まった。

 チャータースクールを運営する資金は、税金とともに、寄付金によって賄われた。2002年の時点でみると、教育分野に寄付した上位50団体の合計金額の4分の1を、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、ウォルマートのウォルトンファミリー財団が占めていた。さらに、不動産王のエリ&エディス・ブロード財団が加わった。これらの資金提供者たちは、1970年代の慈善家とは異なり、資金をきっちり回収することを目指した。授業内容にも運営そのものにも口を出した。

 「チャリティスクールは期限内に一定の成果を出せないと廃校になる」(225頁)。そこで障害のある子や成績の悪い子を入学させないようにし、結果が出せない子は退学処分となる。また、人件費の削減も必要だから、教師を契約社員にする、教員免許なしのスタッフに授業させることになる。経営方針の合わない教員の解雇も簡単となった。そして、2012年までに、全米42州とワシントンDCでチャータースクールを承認する法律がつくられた。

 チャータースクールは規制が甘く且つ団体交渉権もないので、コスト削減をもたらした。だが、生徒の退学率は高かった。公立学校より成績が良いというデータは出ていない。しかも、コスト削減分は、チャータースクールを運営する民間企業の株主に還元されるだけである。自治体や学校には還元されない。何よりも、経費削減による教育の質の低下が指摘されている点が問題だ。
 
子供たちを仮想空間に移せ      

 しかし、メリルリンチ社ディレクター、マイケル・モーは、2011年10月、「プレミア教育投資会議サミット」で熱弁を振るった。彼は、〈学校の民営化〉と〈デジタル教育〉という新市場について語り、「デジタル教育が次のゴールドラッシュとなるのです」と言った。

 ここまでは、チャータースクールを進めることによって、教員、学校職員、設備やサービスの質など、経費削減をしまくってきた。ウォール街の投資家たちは、さらに経費削減を徹底するために、子供たちと学校そのものを「仮想空間」に移すことを考え付いた。「仮想空間」に移せば、生徒数はいくらでも増やせるので、利益は無限に拡大していくからである。

 実際、既にモーは、2000年に、フロリダ州で、全米初の完全オンライン〈バーチャル公立学校〉を開校させている。幼稚園から高校までを対象にしたオンライン教育業界の市場規模は、2015年には244億ドル(約2兆6800億円)に達している。

ビル・ゲイツは自分の子供にスマホを持たせない

 〈第9章 教科書のない学校〉では、教育のデジタル化を通じて、将来を担う子供たちの考える力が奪われていく危険性が示されている。考える力が奪われれば、見事に思想の画一化と統制が行われることになろう。

 第9章では、教育のデジタル化、オンライン教育の本質的な弊害が示される。2019年、大阪市では国際バカロレア教育を謳う公設民営学校がスタートした。教師採用には、非正規の雇用契約が大いに活用される。非正規ならば、公務員が守るべき法律に縛られなくてよくなる。非正規の教員は、公益のための教育をしなくてよくなる。

 学習は、タブレットに組み込まれた学習アプリによって行われる。だが、デジタル教育には、液晶画面で読むものは記憶に残りにくい、すぐに検索して頭を使わなくなる、メモを取る能力と字を書く能力、内容を咀嚼する能力が落ちる、といった欠点が指摘されている(247頁)。総じて、考える力が落ちるという欠点があるようだ。考えられなくなるという点は、端的に次のように述べられている。

 AIは問いをくれない。くれるのは答えだけ。人間から問う力がなくなれば、考える力もなくなる。 270頁

 それゆえ、この本質的な欠点を知っているIT業界の人間は、デジタル教育を全人類向けに広げておきながら、自らの子供たちにはデジタル機器への接触を禁止してきた。「ビル・ゲイツは自分の子供たちに14歳までスマホやタブレットを持たせず、その後も食事中と家族といる時は、電子機器の利用を禁止した。アップルの創業者スティーブ・ジョブズは娘たちにiPhoneもiPadも持たせなかった」(255頁)。そして、シリコンバレーで最も人気のある「ウォルドルフ・スクール・オブ・ザ・ペニンシュラ」という学校は、テック企業幹部の子供たちが通っているが、13歳未満の子供にデジタル機器に触れさせることを禁止している。その理由としては、デジタル機器が、子供の身体、柔らかい頭と機敏な精神、創造性や芸術性、規律と自制の習慣を発達させる能力を妨げることが挙げられている。

 なんともひどい話である。デジタル教育が考える力を奪うなどの弊害を持っていることを明確に認識しておきながら、ビル・ゲイツらは、その弊害あるデジタル教育を全人類の子供たちに押し付けようとしているのである。動機は、金儲けとともに、思想統一に基づく全人類の管理の実現といったところであろうか。

 とみてくれば、遅れるぞと言って急がされている教育改革は急がない方がよい、今後日本で増えていく公設民営学校には特に注意しなければならない。最もファシズム化していくのは、教育分野だからである(268~270頁)。

デイープステートに道徳心が欠落しだしたのはいつからか

以上、本書の紹介をしてきたが、なんといっても印象的なのは、デジタル化を進める人たちに道徳心がないことである。2020年以来の世界情勢の変化を見てきて、世界の支配者たちも日本の支配者たちも〈今だけ金だけ自分だけ〉という価値観で世界を動かしてきたことを認識してきたが、本書を読んでも同じことを感じた。端的にそのことを認識させてくれるのが、ビル・ゲイツらが自分の子供にはデジタル教育を拒否しておきながら、一般人類の子供たちにはデジタル教育を押し付けようとしていることだ。ひと握りの「賢い」特権階級と考える力を奪われた一般大衆に、人類を二極分解していくつもりなのであろうか。

しかし、国際金融資本家を中心にした所謂デイープステートたちは、200年前から、少なくとも100年前から世界を牛耳ってきたのであろうが、1970年代、80年代までは、一定の道徳心を持っていたように思う。例えば、教育分野に金を出していた1970年代の慈善家は「金を出すが口は挟まない」というチャリティ精神を貫いていたという。ところが、1980年代、90年代以降の資金提供者は、行政サービス一般だけではなく、教育さえも、完全に金儲けの手段として捉えるようになる。彼らは、あらゆる分野に〈今だけ金だけ自分だけ〉精神を持ち込み、拡大してきたのである。

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