2022年6月5日の日記――自己の体調管理について

6月5日という日

 前の記事を記した後、普通に睡眠をとり普通に起き、普通に昼寝をしたが、もう一つ体調がすぐれない。6月5日は、50年以上前に自殺した同級生の命日である。毎年何かをするわけではないが、6月5日にはその人の自殺のことを思い出す。1、2回生の時は私を含めて4人の「ツレ」または仲間がいたが、就職も決まっていた同級生は4人の中の最初の故人となった。平成に入った年には、最も仲の良かった2人目の「ツレ」が病気で亡くなった。今から30年以上前の話だが、4人が2人になってしまったなと思った感覚は、今も残っている。

 関連して思い出したことだが、金沢から京都に出てきて、京大教養部の東南の門から1分の所にある吉田二本松の二階建て住宅の二階に下宿した。2階は6畳と4畳半の二間であり、6畳には3年前に亡くなった兄と私の二人が、4畳半には兄と同じ工学部の研究室の1年先輩の大学院生が暮らしていた。歩くとぼわんぼわんして二階の畳が抜けそうなボロ家屋だった。一階には二部屋があり、互いに係累ではないお婆さんとお爺さんが住んでいた。お婆さんは天理教の信者で毎日太鼓を叩いていた。自分の住処である二階の6畳間に行くには、そのお婆さんの部屋をかすって階段を上がらなければならなかった。炊事や洗濯をする場合も、お婆さんの部屋を通らなければならなかった。今から思うと本当に狭い空間に5人もの人間が暮らしていたことになる。

 そのことはともかく、兄と同じ研究室の先輩は、私が下宿したその年の夏に海水浴で死亡した。兄とは異なり私自身はその先輩と特に付き合いはなかったが、身近に住む人が亡くなるのは初めての経験だったので強く記憶に残ることになった。

5月17日からの体調について

 6月5日だからでもないが、体調がすぐれないので、そのことを簡単に振り返っておきたい。今後の体調管理に役立つかもしれないからだ。この20日間、風邪がなかなか治らない。5月17日に突然、腹が冷えて痛くなり、体も寒くなり、体全体が辛くなった。私の風邪の特徴である。それから20日までの4日間、寝て暮らした。昼寝の時間そのものは普段と変わりがなかったが、ひたすら横になって暮らした。21日も同じような感じだったが、ずっと気になっていたことがあったので、そのことを2時間ほどかけてブログに記した。

  22日から3日間、何もせず、横になって暮らしているうちに風邪が治っていった。そこで、26日締め切りの「つくる会」の機関紙である『史』の原稿に25日から取り掛かった。〈「日本解体新計画書」としての公民教科書(2)――外国人参政権〉である。「日本解体新計画書」という名称には、本来の「日本解体計画書」が「日本国憲法」であり、その新訂版が公民教科書であるという意義が含意されている。

 結局締め切りに間に合わず、27日午前中に完成させ、原稿を送った。ここまでは良かったが、それからずっと気になっていた拙ブログの移転に取り掛かった。ウェブリブログは来年1月で閉鎖してしまうので、暇があるときに移転してしまった方が面倒が少ないからである。移転そのものは簡単にできたが、記事のカテゴリー分類を新たにやり直す必要が生じたので、それに取り掛かったところ、28日までかかってしまった。ひたすら長時間パソコンをクリックし続けたので、体も硬直し、29日には風邪が振り返してしまった。

 そのため、29日から1日まで、夜は長時間眠り、昼寝も数時間する生活を送ってきた。2日にはさすがに少し元気になったので、ずっと気になっていた竹中平蔵氏の問題を取り上げる記事を記した。続けて、もう一つ気になっていた〈自分の頭で考えられない日本の学者問題〉を記そうとしたが、疲れからまた風邪がぶり返しそうになったので3日の日は完全に休養に充て、4日にその問題を扱う記事を記した。ブログ掲載そのものは5日にずれ込んでいた。

 少しずつ快方に向かっていることは確かだが、ずっと塀の上を歩いている感じである。少し油断するとまた風邪がぶり返しそうである。7月からは、公民教科書作成にかかり切る予定なので、6月中に体を回復させておかないとまずい。うまく体力を回復させ、体調管理していかなければと念じている。6月中には、最低限、親の懲戒権廃止問題について把握し論理を明確化しておかなければならない。この仕事を終えたうえで、公民教科書作成に入っていこうと考えている

 
追記、6月6日……今日は雨もあり、寒い感じがする。そのせいか、昨晩はぐっすり少し長めに眠ることができたが、朝食後には辛くなり、寒気もしてまた眠った。風邪がなかなか治らない。もう20日以上になる。

 背筋を中心とした体が寒い、腹が冷える、腹が痛い、横になる、楽になるということを、3、4年前から繰り返している。それでも、一昨年前半まではそれほど多くなかったように思うし、それほど支障がなかった。昨年からずいぶん多くなったように思うし、いろいろ支障をきたしている。風邪にまでいたることは3、4回に一回のように思うが、風邪にまでいたらずとも、長めに寝込むことになるから、何もできなくなる。こんなことをしていたのでは、7月からの仕事もこなせないだろうし、来年4月以降もせっかく公民教科書の仕事から抜け出せたとしても、何もできなくなるかもしれない。まだそうなってしまうわけにはいかない。そうならないために、体の寒さ、腹の冷え、痛みを感じたらすぐに休む習慣を付けなければならない、と肝に銘ずることにした。

 もう一点気を付けなければならないのは、頭の使い方だ。考えごとを持ち込む形で夜の睡眠をとらないようにしようと考えている。私は昨年3月中旬以来ほんとうに何もしていない。ひたすら休養に充てている。昨年の11月下旬からの1か月をだけは、武蔵野市住民投票条例案のことで頭を使い続けたが、それ以外の月日は、とりたてて何もしないまま過ごした。だが、時々、こんな時になぜ、というタイミングで頭痛がする。現役の時以来、忙しくて頭を使わなければならない状況の時には頭痛を伴うことは多かったが、本当にのんびりしている時に頭痛がすることがあるので、えっと思ってしまうのだ。それゆえ、頭に血が上って凝り固まらないようにしなければならないと思う。特に睡眠時に考えごとをしないようにすることが重要だと思うのである。


追記、6月8日……昨日、今日と、また一日中寝込んで暮らした。だが、すっきり治らない。風邪をひいてから23日目だが、ほとんど何もできずに過ごしている。3日に1日程度、2,3時間活動しているだけだ。活動した次の日は、またひどく寝込むということを繰り返している。何とか、中旬には体調を戻したいと思うが、うまくいくかはわからない。軽微な風邪なのに、治らない。昨年からは本当に珍しいことではないが、焦らずに現状を受け入れるしかないだろう。


追記、6月11日……まだ、軽微な風邪が治らない。ほとんど横になる日が続いてる。9日は一日寝込み、10日は腰と首の治療で外に出て、帰ってからぐったりと横になっていた。少し、楽になった感があったので、今日から少し生産的なことを始めよう、具体的には親の懲戒権廃止問題についての資料読みを行おうと思っていたが、また体がしんどくて気力がわかず、横になる生活をしている。基本的な理由は、体力の著しい低下だ。40歳前後に体を壊して以来、40代は最悪だったが、50代は人の半分ぐらいの体力に回復し、60代は50代よりさらに若干体力を回復させてきた。いい方向に動いてきていたが、2018年4月から2021年3月まで3年弱の間、『新しい公民教科書』の作成に時間と体力を使った。その結果、2020年5月に突然老人化し体力が落ちてしまったことに気付いた。それでも体に無理をさせて『新しい公民教科書』関係の仕事を昨年3月まで続けた。仕事が終わった3月中旬以来、ひたすら休養につとめている。戦時国際法関係のことも、無効論のことも、私個人のライフワークのことは何もかもすべてがストップしたままだ。

 さすがに、今年前半ぐらいはライフワークのことに取り掛かれると思っていたが、正月には、この数年間一番仕事を一緒にしてきた人からわざわざ私の無効論を無視された件を知った。そのこと自身はちょっとした腹立ちで済むことであったが、一度断ったにもかかわらず、書評を拙ブログで行うように依頼されたことがいたく私の心を痛めることになった。2回もわざわざ依頼されたものだから、書評を行うつもりで読みだして、無効論を批判しながら無効論者としての私の名前さえも紹介していなかったことを知った。本当に頭に来ることになった。いや、正確には、人の批判をしながらその著作の紹介をせずにおきながら、書評(推薦)を依頼してくる感覚に頭に来たのであった。結果、書評を断った。書評さえ依頼されなければ、私の名前を紹介しなかったことを知ったとしても、大した怒りを覚えなかったであろうことは確かである。ともかく、この件を頭の中で処理することで、正月ひと月はつぶれてしまった。
 
 この出だしの悪さと体への不安から、そしてウクライナ戦争という米露戦争の勃発で、今年は2月以降も何もできない日が続いてきた。それでも、体調の方は最悪だった1月と2月を過ごした後、3月以降少しずつ上向いてきていた。だが、5月中旬に風邪を引いてから、ほぼ寝て過ごす羽目になったので、随分自信がなくなってしまった。

 しかし、落ちた後は上向いていくものだから、それを期待して生きていくことにしたい。


追記、6月15日
 毎日が辛い。軽微な風邪が続いているからか、単に腹の冷えが辛いだけかはわからない。13、14、15日と寝て暮らした。だんだん、自信がなくなっていっている。ひと月もかかることはないと思っていたが、明日でひと月になる。今は、6月中に普通の状態になればと思っている。


6月22日追記
 2、3日前から、腹の冷えを感じなくなった。腹の痛みも感じない。20日の日は朝から辛かったが、その時も腹の冷えや痛みはなかったし、2時間ほど昼寝することで楽になった。一応、20日には風邪からは脱したようだ。5月17日に風邪を引いたから、ひと月以上続いたことになる。人生初のことである。

 この二日ほどウクライナ戦争の位置づけをめぐって嫌な思いをした。ロシアを擁護するような見解、ウクライナを批判する見解を許さぬ空気が、所謂保守派の中に見事にある。彼ら自身が、グローバル全体主義の担い手になってしまっている。
 それはともかく、6月中に体制が整えばよいと思っている。 
 


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