竹中平蔵氏の「共同研究独り占め」事件――グローバリズムと道徳の欠如

道徳の欠如――グローバリズムの特徴

 グローバリズムは、家族と国家の破壊、中産階級の否定、民主主義の破壊、基本的人権の否定といった否定的特徴をもつ。さらに本質的な特徴として、家族と国家の破壊すなわち共同体の否定という特徴と関連するが、〈今だけ、カネだけ、自分だけ〉という価値観がある。つまり、道徳の欠如という点が、一番の特徴である。

 さて、三橋貴明氏の動画を見ていて、日本におけるグローバリズムの申し子である竹中平蔵氏が、世の中に登場する出発点において、他の人と一緒に行った「共同研究」を独り占めにしていたという話を知った。そこで、有名な話かもしれないと思い、ネット検索をしてみたところ、佐々木実〈竹中平蔵氏、処女作出版時に「共同研究独り占め」騒動を起こしていた 成果を横取りしていた〉という記事を見つけた。この論稿は、『竹中平蔵 市場と権力』(講談社、2013年、2020年に文庫化)を著わしている井上実氏が同書を基にまとめたものである。

 この井上氏の論考を読み、竹中氏の出世欲、自己顕示欲の強さに驚くとともに、それ以上にその不道徳な行為にやっぱりなという感覚を覚えた。コロナ禍で多くの日本国民が苦しみ貧困化するなかでボロ儲けした竹中氏らしい人生の出発点であると思った。グローバリストの典型らしい出発点であると思った。また、いろいろ調べていくうちに竹中氏がハーバード大学のジェフリー・サックスの弟子であることを知り、さらに成程なと思わされた。ジェフリー・サックスとは、ソ連崩壊後のロシアに乗り込んで経済改革を行いロシアの富を奪い去った中心人物だからである。

 以下、竹中氏の「共同研究」独り占め事件について、佐々木氏の論考を主な参考文献として見ていきたい。

1984年、出世作『開発研究と設備投資の経済学』刊行

 1951(昭和26)年生れの竹中氏は、1973年に一橋大学を卒業すると、日本開発銀行に入行した。1977年には、日本開発銀行設備投資研究所に勤務する。1981年には、研究所在籍のまま、ハーバード大学で研究員、ペンシルバニア大学客員研究員となる。ペンシルバニア大学では、同じく同大学客員研究員として留学していた鈴木和志(かずゆき)氏と共同研究していた。鈴木氏は、同じく開発銀行所属で竹中氏の二年先輩であった。
1982年には、やはり研究所に在籍のまま、大蔵省財政金融研究室に出向した。2年の予定が気に入られて5年になったという。

 竹中氏は、大蔵省のこの研究室に出向している間、個人研究も進め、1984年7月、『開発研究と設備投資の経済学』という処女作を東洋経済新報社から出版した。そして、この本で1984年のサントリー学芸賞を受賞する。これが氏が世に出るきっかけとなり、1987年に大阪大学経済学部助教授となり、1989年に日本開発銀行を退職し、ジェフリー・サックスの誘いでハーバード大学客員准教授及び国際経済研究所客員フェローとなる。1996年に帰国し、慶應義塾大学教授となる。そして、政府の中に食い込み、グローバリズムに基づく日本改革を主導していくのである。

共同研究も含めて自分の名で出版

 しかし、竹中氏が世に出るきっかけになった『開発研究と設備投資の経済学』という本は、人の成果を横取りして書かれたものだった。そのため、日本開発銀行設備投資研究所の自由な雰囲気を破壊したという。

 井上氏は、一番経緯を知っていた研究所の顧問である宇沢弘文氏にインタビューしているが、宇沢氏は次の様に言って、事件の顛末を教えてくれなかった。

 わざわざ来ていただいて悪いんだけれども、彼の一件についてはもう話もしたくない、というのがぼくの率直な気持ちです。

 宇沢氏から話を聴けなかった井上氏は、当時の研究所関係者からいろいろ話を聴いて浮かび上がってきた事実をまとめている。それによると、竹中氏の処女作の出版は、事前には設備投資研究所の人たちには知らされていなかった。とはいえ、研究所の顧問である宇沢氏のところには献本されてきた。宇沢氏は、この本を鈴木和志氏にも見せた。その折の情景が記されている。

 設備投資研究所で、宇沢は鈴木和志に本を見せた。鈴木と共同研究した内容が入っていたからだ。ところが、鈴木は本を見て、驚いた顔をしている。不審に思った宇沢がたずねると、献本がなかっただけではなく、竹中が本を出版したことすら知らなかった。激しいショックを受けていることは傍目にも明らかだった。宇沢や同僚たちがいる前で、鈴木は泣き出してしまったのである。

 本や論文のオリジナリティー乃至著作権問題では、私は嫌な経験を数多くしている。個人としても「つくる会」理事としても経験しているが、特に個人としては本当に嫌な経験を数多くしている。傍線部は非常によく分かる記述である。私の場合は人前でも一人でも泣き出すことはなかったが、鈴木氏の気持ちはよくわかる。何しろ、➀竹中氏が本を出版したこと、②しかも単著で出版したこと、すなわち自分との共同研究も含めて竹中氏の手柄にされていること、➂献本さえなかったこと、以上3点の事実が鈴木氏を襲ってきたのである。

 ➂のことは大したことでもないが、当時の鈴木氏の様にこれから世に出ようとする30代半ばであれば、特に➀②のことが一挙に襲ってくれば、私も泣き出してしまっただろうと想像できる。30代半ばのころは、自己のオリジナリティ確立に必死になるころでもあるし、研究者人生にとっては一番重要な時期でもあるからだ。

断られたにもかかわらず勝手に単著で発表した竹中氏

 しかも、鈴木氏は、本の刊行よりかなり前に、竹中氏が「共同研究の成果を竹中個人の名前で発表することの承諾を求めた」とき、「ふたりで研究したのだから、発表するならふたりの名前で発表してほしい」と言って断っていたのである。竹中氏の本に収められた共同研究は、鈴木氏にとっても「アメリカでの研究の集大成」であったし、共同研究におけるデータ処理は鈴木氏の方が行っていた。鈴木氏の悔しさは、並大抵ではなかったであろう。

 実際、井上氏の論考には、鈴木氏にインタビューしようとした時の様子が次の様に記されている。

 明治大学教授の鈴木に電話で話を聞くと、「あまり思い出したくないことなので……」と言葉少なだった。本が出版されて以降、竹中とのつきあいはまったくなくなったという。本の内容についてたずねようとすると、「見たくないから見ていません」とだけ鈴木は言った。

 竹中氏の被害者は鈴木氏だけではない。開発銀行の後輩研究者であった高橋伸彰氏によれば、氏が作成したグラフが竹中氏の本に勝手に掲載されていた、それも高橋氏の名前は記載されない形で掲載されていたという。

 以上で、竹中氏の〈成果横取り〉事件の紹介は終えることにする。本当に、グローバリストの代表格である竹中氏が〈自分のものは自分のもの、人のものも自分のもの〉という感覚をしていることに驚くとともに、それ以上に矛盾するようだが、成程そうだろうなと感じた。ほんに、グローバリストの価値観は〈今だけ、カネだけ、自分だけ〉というものであることを再確認した。

なお、佐々木氏の論考を読まれたい。
2020.09.15 佐々木実
竹中平蔵氏、処女作出版時に「共同研究独り占め」騒動を起こしていた
成果を横取りしていた…

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75655

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