現代日本の思想状況と「つくる会」の役割--『新しい公民教科書』の特徴、意義

  2月6日、「つくる会」創立25周年記念集会が開かれた。集会では、《現代日本の思想状況と「つくる会」の役割》というタイトルで、私も15分ほど話した。だが、話したいことの半分も話せなかったので、話したこと、話す予定であったこと、できれば話したかったことをまとめておきたいと考え続けてきた。10日間ほど体調を崩していたので随分遅れてしまったが、ようやく回復したと思われるので記事を認めておきたい。記事は、話した時の気分に倣って、敬体で記すことにする。

現代日本の思想状況と「つくる会」の役割--『新しい公民教科書』の特徴、意義

まず『新しい公民教科書』と私の関りについて簡単に紹介しておきます。私は今回の『新しい公民教科書』の代表執筆者を務めております。『新しい公民教科書』は、西部邁氏が代表執筆者を務めた初版(平成14年度使用開始)、八木秀次氏が務めた2版(平成18年度使用開始)、杉原誠四郎氏が務めた3版(平成24年度使用開始)、そして今回の4版(令和3年度使用開始)と4回検定申請し、合格してきました。3版と4版の間の平成26年度検定には、申請しておりません。何しろ、お金が無かったものですから。

このうちの3版と4版に私は関わっております。3版の全体構想のうち6割程度関わっていますし、今回の4版についてはほぼ100%私の構想に基づき作られています。もちろん、具体的な執筆は各担当者が行ったわけですけれども。

さて、随分大きなテーマをいただきましたが、三部構成で話していきたいと思います。まず「現代世界及び日本の思想状況」について話します。次に、『新しい歴史教科書』と『新しい公民教科書』を出し続けてきた「つくる会」が、現代の思想状況の中で果たすべき役割について話します。最後に『新しい公民教科書』の役割を確認し、その特徴、意義について話していきたいと考えます。

一、現代世界及び日本の思想状況

不正選挙とコロナ騒動

この二年間、本当におかしなことばかり起きてきました。アメリカ大統領選挙では不正選挙によって民主党のバイデン大統領が登場しました。また、コロナ騒動のなか、ほとんど打つ必要がないにもかかわらず、ワクチンが打たれ続け、多くの人が重篤な副反応に悩まされたり、命を失っていきました。

このおかしな二つの出来事は、グローバリズムの跋扈の中で、グローバリストによって進められてきたものです。ですから、公民教科書検定のなかでグローバリズムを礼賛する記述を強制され、ナショナリズム的な記述の削除を命令されてきた私は、二つの出来事と公民教育の問題が結び付いていると感じてきました。

グローバリズムと共産主義

そこで、大上段に、現代世界を支配する人たちの思想とは何か、ということを考えてみたいと思います。それはグローバリズムと共産主義です。両者には大きな共通点があります。一つは独裁主義ということです。もう一つは中間階級または中産階級の解体を狙っていることです。両者はともに、一握りの大金持ちと貧しく平等でバラバラにされた大衆に二極分解された世界を目標にしています。

現代世界の4つの思想

それで、現代世界を支配する人たちの思想とは何でしょうか。いろいろな面がありますし単純化できませんが、私にとっては、以下の4点が、特に怖ろしいものとして目についております。四点ともすべて人口削減の結果をもたらすものです。間違っていても、日本は欧米の思想を取り入れてしまう傾向がありますから、まだあまり日本に入ってきていない思想も、必ず入って来て猛威を振るうのではないかと恐れます。

➀地球環境重視
②動物権の思想
➂ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)
④自虐史観

これらのうち➀と②は人間対自然の関係において成立する思想であり、➂と④は人間同士の関係において成立する思想です。順番に、簡単に説明しておきたいと思います。

地球環境重視、地球温暖化の危機を叫ぶ思想

➀の地球環境重視の思想は、二酸化炭素排出増加に基づく地球温暖化の危機を叫ぶ形で鮮明に現れております。政府も企業も、脱炭素を叫び、再生可能エネルギーへの転換を叫んでおり、一種の狂騒曲をなしております。当然、教育でも、脱炭素・再生可能エネルギーへの転換の思想が語られております。私自身もこれらの話を信じておりましたし、これらのことを描かなければ公民教科書の検定合格もありませんので、『新しい公民教科書』でも同じようなことが記されております。

ですが、二酸化炭素排出増加と地球温暖化との関連はないという説もありますし、それ以前に地球温暖化自体が嘘であるとの説もあります。それに、地球温暖化自体は本当だとしても、これから世界を襲ってくるのは地球寒冷化だといいます。トンガで火山爆発がありましたが、火山爆発などでこれからは寒冷化に進む公算が大であります。ですから、食糧危機がすぐそこまで来ていると言われます。是非、議員の先生方には、食糧危機の問題、食糧確保の仕方の問題について注意を喚起していただきたいと思います。

動物権の思想

 ②の動物権の思想は、動物にも人権があるという思想です。動物も人間と同じく快適に暮らす権利があると考える思想です。この動物権の思想から、単に動物に優しくせよという動物愛護の思想を越えて、動物園から出せ、という主張が生まれます。そして、アルゼンチンやコロンビアなどでは動物園からの解放を命ずる判決が出ております。アルゼンチンでは2016年にチンパンジーやオランウータンの釈放を命ずる判決が、コロンビアでは2017年にめがね熊の釈放を命ずる判決が出ております。

 更には、動物を食べるな、との主張が生まれています。特に高等動物を食べるなとの主張があります。そこで、日本は反捕鯨運動に痛めつけられているわけですが、さらに牛肉を食べずに代わりに豆などで作った肉もどきを食べようという主張が行われています。ビル・ゲイツ氏は、牛のゲップが地球温暖化の大敵だから、牛を食べるのをやめよう、牛を飼うのを辞めようと言います。

ここまで見てきた地球環境重視の思想も動物権の思想も一定程度根拠のある思想です。ですが、暴走すれば、経済活動を抑圧し、肉食を禁止するところまでいきかねない思想です。既に➀の地球環境重視の思想は暴走してしまっていると捉えることができます。

ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)思想

➂のポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)の思想は、法学的には、平等権=結果の平等を求める思想に行き着きます。機会の平等だけではなく、本人の適性や能力、努力と関係なく、あらゆる結果の違いを差別と捉える思想です。具体的には、女性差別、人種差別、障害者差別、LGBTQ差別反対の思想として現れています。最初は女性差別反対から始まりましたが、今では人種差別反対、LGBTQ差別反対に焦点が移っていっております。いずれも一定程度根拠のある思想ですが、暴走の傾向を持っており、特にLGBTQ差別反対の思想は完全に暴走しております。

 アメリカでは、LGBTQのうちTはトランスジェンダーの人たちですが、このうちの男性として生まれたが女性だと思っている人たちの権利を守るためとして、彼らが女子トイレに入ることを認める例が増えています。その結果、トイレで女性が強姦される事件が生じております。学校でそういう事件が起きたため、被害者の女生徒の父親がこの強姦事件を問いただし糾弾したところ、父親の方が差別者として弾圧されるという事件も起きています。何ともおかしな話ですが、女性差別反対よりも、今はLGBTQ差別反対の声の方が強くなっており、LGBTQの方が女性よりも理論的に強者なのです。

 このポリコレ思想は、夫婦別姓を、女性天皇を、外国人住民投票権を、外国人参政権を、と主張する形で、日本にも入り込んできています。
 ポリコレ思想は、端的に言えば、特に家族と国家を解体して行く結果を招いていくことになります。ポリコレ思想の立場からすれば、家族は女性差別の根源であり、国家は人種差別を生み出すものです。家族と国家を解体していくために、グローバリストと共産主義者がLGBTQ差別反対の思想、人種差別反対の思想を暴走させているのです。恐らく私有財産の解体も志向していると思われます。

自虐史観

④の自虐史観は、➂のポリコレ思想と相俟って、ヨーロッパとアメリカで猖獗を極めています。白人差別、日本人差別を結果する思想です。元々はアメリカが日本とドイツに植えつけたものですが、回り回って、戦勝国にも飛び火して、西欧もアメリカも自虐史観の虜になっています。今や、日本をはるかに超える自虐史観に囚われています。ただし、気を付けなければならないのは、アメリカの知識世界では、アメリカの白人こそ悪者であるが、それよりも悪いのは日本人であるという歴史観がはびこっていることです。反日反米史観とでもいうべき歴史観です。

アメリカやオーストラリアでは、先住民を虐殺して国を作ったという建国の原罪を事立てて強調します。例えばアメリカはインディアンを虐殺して建国した、黒人奴隷から搾り取って繫栄してきた、といった歴史の捉え方をします。更には、(黒人)奴隷制をつくり、植民地支配をした、ジェノサイドをした、といったことを強調します。そして、この自虐史観はとどまるところを知らず、キリスト教がイスラム教を迫害してきたという歴史観に行き着きいています。キリスト教性を薄めなければならないという主張が生まれ、「メリークリスマス」という言葉が避けられるようにまでなっています。

今や、民主党が支配するアメリカでは、「批判的人種理論」というものが学校教育に持ち込まれています。この理論からすれば、アメリカの建国は1776年ではなく、アメリカに初めて黒人奴隷を運び込む船が到着した1619年になります。「批判的人種理論」の教育では、子供たちに自分はどの人種に属するかをまず意識させます。そして、白人の子供ならば、一生黒人に償い続けなければならないと教えられます。この理論に於ては、白人は最下層、黒人やインディアンは最上層、アジア系は中間層に位置づけられるようです。つまり、新たな人種差別理論になっているのです。

「批判的人種理論」は日本にも入って来るでしょうし、そもそも建国の原罪を日本でもでっち上げることが行われていくのではないかと恐れています。

以上みてきた4つの思想のうち、④の自虐史観は歴史教育の、➀の環境重視の思想と➂のポリコレ思想は公民教育の、主旋律となっています。そして、4つとも人類の人口削減効果を結果的にせよもたらすものとなります。

二、「つくる会」の役割

 ここまで見てきたことから知られるように、「つくる会」の役割は、自ずから定まるものと思われます。すなわち、第一に自虐史観からの脱却を先導することです。これは主として『新しい歴史教科書』の役割です。第二に自由民主主義を抑圧するグローバリズムや共産主義と闘い、➀の環境重視の思想と➂のポリコレ思想の暴走を止めることです。これは主として『新しい公民教科書』の役割になるかと思います。そして、家族、国家、私有財産の解体を防ぐことが本質的な役割になるかと思います。

三、『新しい公民教科書』の特徴、意義について

家族、地域社会、国家、国際社会という四段階の社会の構造的説明

 では、以上の役割を果たすために、『新しい公民教科書』の内容はどのようなものになっているでしょうか。どういう特徴を持っているでしょうか。

 最大の特徴は、家族、地域社会、国家、国際社会という四段階の社会について構造的に説明していることです。信じられないことですが、平成20年中学校学習指導要領改訂以後、グローバリズムが推奨されるようになるともに、多数派教科書では家族論が消えてしまいました。それは、指導要領改訂で、家族や地域社会について書かなくても検定合格できることになったからです。

 元々公民教科書では、昭和20年代以来、9条の影響から、国家論も国際社会論もありません。国際社会論について言えば、国際社会という言葉はあったのですが、国益という言葉さえも存在せず、国家が国益をめぐって経済力や軍事力を使って競争し合う場として国際社会を捉える視点はありませんでした。もっぱら仲良く協力し合う側面だけが強調される書き方でした。いわば、国際社会という言葉を使っていたとしても、昭和20年代以来、その内容は実質的にお花畑世界観である地球社会論だったのです。

 もともとそういう状態だったのですが、指導要領改訂によって、多数派教科書においては、家族論も地域社会論も消えてしまい、四段階の社会論がなくなってしまったのです。迂闊な話ですが、私も2年前にようやく、このことに気付いたという次第です。

 これに対して、もう一度言いますが、『新しい公民教科書』は、家族、地域社会、国家、国際社会という四段階の社会論を展開しています。このうち、特に国家の役割論に重きを置いて記しております。また、国際社会については、協力し合う面と競い合う面を共に念頭においた説明をしております。具体的には、国益、敵国条項、個別的自衛権、集団的自衛権、国連の集団安全保障の説明が行われています。

立憲的民主主義(自由民主主義)の体系を表した

 次の特徴は、立憲的民主主義(自由民主主義)の体系を表したことです。具体的には、「日本国憲法」の原則を以下の7原則で捉えました。
1・法治主義(法の支配)、2・三権分立、3・間接民主主義
4・権威と権力の分離に基づく立憲君主制(検定で「象徴天皇」に修正された)
5・国民主権、6・基本的人権の尊重、7・平和主義

 本来、「日本国憲法」はこれら7原則を規定したものだったのですが、このうち、5、6、7の3つだけを取り出して3原則説が作られたのです。7原則のうち除かれたものは、すべて立憲的民主主義(自由民主主義)の原則です。これに対して残された3原則について言えば、特に国民主権の原則は直接民主主義と親和性が高く、間接民主主義を取り崩していくときの道具になっています。この原則が暴走すれば、全体主義的な民主主義に道を開くことになります。6の原則も、暴走すれば国家解体の道具になりますし、7の原則(戦争戦力放棄)は暴走せずとも国家滅亡の道具になっています。この3つだけを取り出して3原則説をつくり上げた人たちの狙いを的確に捉えてください。

 この3原則説が最初に広がったのが、昭和30年度以降の公民教科書の世界なのです。公民教科書の世界で定説となった3原則説は1980年代以降、憲法学説でも多数派となっていきますが、学説の世界では定説にはなっていません。

 ついでに言いますと、ポリコレ思想を支える平等権も、公民教科書で昭和41年度から使用され出していき定説となっていく。そして、憲法学説でも広げられていくという順序です。平等権も憲法学説では定説にはなっていません。

 もう少し最近の具体的な話をしますと、アイヌ先住民族説も、夫婦別姓の勧めも、外国人参政権の推奨もすべて公民教科書でまず出て来ていたのです。そのことに注意を払ってください。 
  *公民教科書の歴史や役割については、拙著『公民教育が抱える大問題』(2010年、自由社)、拙著『公民教科書は何を教えてきたのか』(2005年、展転社)、参照。また、拙著『安倍談話と歴史・公民教科書』(2016年、自由社)参照。

経済的自由、私有財産制の擁護

  最後に紹介しておきたい特徴は、経済的自由の意義を説き、私有財産制の擁護を明確にしたことです。

  昭和20年代以来、ある意味信じられないことに、経済活動の自由に関する教育がほとんど行われてきたことはありません。現行版他社の例では、大体半頁ほどしかスペースが与えられていませんし、経済活動の自由自体の説明はほとんどなく、他の自由権に比べて大きく制限しても構わないと書かれています。

  これに対して『新しい公民教科書』は、公民教科書史上初めて経済活動の自由に1単元2頁を当てました。そして、他社と異なり、経済活動の自由が、自由な精神を支え民主主義の基盤になると説明しました。そればかりか、「日本国憲法」は資本主義の前提である私有財産制を保証していることを明記しました。

  今後も、以上述べてきた三点の特徴を維持していきたいと考えています。

最後に、特に以下の本をお勧めします。
 ダグラス・マレー『西洋の自死』2018年、東洋経済新報社
 ヨラム・ハゾニー『ナショナリズムの美徳』2021年、東洋経済新報社
 小山常実他『市販本 検定合格 新しい公民教科書』2020年、自由社


 *なお、三の「立憲的民主主義(自由民主主義)の体系を表した」の小見出し部分以下の内容は当日話していない。その他の部分でも、細かく言えば、話していないことはかなり存在する。

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