『新しい歴史教科書』検定合格――反日反米体制の思想構造打破の第一歩なり、追記2021/4/6

『新しい歴史教科書』が検定合格した

昨日、令和3年3月30日、『新しい歴史教科書』が検定合格した。
ほっとした。ようやく、これで出発点に戻ることができる。安倍政権と文科省によってとんでもない回り道をさせられたものだが。

昨年一月の構想をやり遂げたことになる――『新しい歴史教科書』と『新しい公民教科書』がセットで合格した状態の実現

昨年の拙ブログ記事〈2020年06月05日『新しい歴史教科書』の検定再申請を決定! --「つくる会」FAX通信より〉で述べているように、私を含めた公民教科書執筆者は、再検定申請支持の立場だっただけに、ようやく一段落したという感じである。

昨年12月末に『新しい歴史教科書』が一発不合格になった。年が明けて一月にはいろいろ方針が話し合われたが、公民執筆者たちは➀不正検定糾弾とともに、②公民教科書合格を何としても獲得することを主張した。そして、➀が一段落したら③歴史教科書再申請を行い検定合格を勝ち取ることを主張した。それゆえ、「つくる会」が検定再申請を決定したときに、歓迎する意味で上記の記事を認めたのである。以下に、この記事の前半部分を掲載しよう。
  https://kenpokominrekishi.seesaa.net/article/202006article_1.html


 「つくる会」は、下記のように、『新しい歴史教科書』の検定再申請を決定しました。ご一読ください。
 これでようやく、検定合格した『新しい歴史教科書』と『新しい公民教科書』がセットで揃う形が整う可能性が高まりました。もともと、私を含めた公民教科書執筆者は、再検定申請支持の立場だったので大歓迎します。

検定合格してきた『新しい歴史教科書』と『新しい公民教科書』は大きな成果を挙げてきた

 下記FAX通信の(4)に関して補足説明しておきます。二つのことを述べておきたいと思います。第一に、「つくる会」運動は大きな成果を挙げてきました。歴史教科書から見ますと、「南京大虐殺」という記述を「南京事件」に変化させてきました。また、自由社の「南京事件」不掲載は、中国の「世界記憶遺産」登録策動への撃ち返しとして大きな意味をもつものです。また、日本の戦争を「侵略」と位置付ける教科書を大減少させてきました。現行版で言えば、満州事変以降の戦いを侵略とするのは、東書、清水、学び舎の3社にまで減少させてきました。狭義の大東亜戦争については、明確に「侵略」と書く教科書は東京書籍一社になっています。30年ほど前の教科書、10年ほど前の教科書と比較すれば、その違いにびっくりするでしょう。

 成果は、歴史教科書だけではありません。これまで、『新しい公民教科書』は3回しか検定申請しておらず、「つくる会」の推進する教科書として相応しいものになったのは、今回が初めてです。それでも、大きな成果を挙げてきています。目につくところでは、ほんの10年ほど前までは政治権力の必要性を記す教科書は少数派でしたが、現行版では完全な多数派になりました。国家を忌避する思想が異常に強かったからです。また、公共財の例として「国防」を入れる教科書は皆無でしたが、現行版では3社になりました。警察を公共財と捉えるのも、かつては少数派でしたが、現行版では全社となっております。(拙著『安倍談話と歴史・皇民教科書』自由社、2016年)

 このような教科書史を振り返るとき、第二に、将来を見据えたとき、「つくる会」の検定合格した歴史教科書・公民教科書がどうしても必要だということになります。教科書を改善してきたのは、検定合格してきた「つくる会」教科書の力です。端的には、通州事件を書き、南京事件を書かない『新しい歴史教科書』は、歴史戦を闘ううえで貴重な存在です。また、日本の小学校から大学までの学校教科書の中で唯一普遍的な国家論・国際法の知識乃至感覚を学べる『新しい公民教科書』も、歴史戦を闘ううえで貴重です。日本人の規範意識が歪んでいるから、「侵略」や「南京事件」、慰安婦問題が成立することに気付かなければならないのです。

 以上を踏まえれば、『新しい歴史教科書』の再検定申請が是非とも必要だということになります。


 
 ここに記したように、『新しい歴史教科書』と『新しい公民教科書』の検定合格教科書はセットで教科書改善に大きな力を発揮してきた。私は、歴史・公民教科書の内容史を追いかける中で、上記のように確信するようになった。だからこそ、二つの教科書がセットで検定合格しているという状態を作り出すために、この1年間、『新しい公民教科書』をめぐる雑用に耐えてきたのである。

 他の公民教科書執筆者も、同様の考え方を一定程度はしていると思われる。だからこそ、検定過程で本当に頑張ってくれたのだと思う。

 ともあれ、これで、しばらく、「つくる会」はつぶれることはないであろう。私のとりあえずの役目も終わった。自分自身の仕事にとりかかる準備に入ろう。

『新しい歴史教科書』は反日反米体制打破の拠点となる

 今回の『新しい歴史教科書』の検定合格は、単なる日本一国内の事柄ではない。前々回の記事で述べたように、これは、オバマ政権――バイデン政権が築いてきた反日反米思想体制に対する打ち返しの意味を持つ。
https://kenpokominrekishi.seesaa.net/article/202103article_4.html

オバマ政権は、その反日思想から、2015年、安倍談話を強制し、日韓合意を強制した。バイデンは日韓合意を推進した当事者だったと伝えられる。

彼らの反日思想は、彼らの反米思想に由来する。バイデン政権は、アメリカに最初の奴隷船が到着した1619年を建国の年とする思想により、アメリカの教育を染め上げようとしている。建国の年を1776年と捉えて「1776委員会」を設立したトランプ政権と正反対である。反米思想を広げるには、アメリカ以上の極悪人として日本国家を位置付ける必要がある。反日反米思想を広げるときに、「南京事件」を書かないばかりか、通州事件さえも取り上げている『新しい歴史教科書』は、極めて邪魔になる存在なのである。

もっと大きな意味を持つ点を指摘すれば、反日思想を広げていく上で大きな役割を果たすのは、「従軍慰安婦」記述を教科書で広めていくことである。だからこそ、日本の文科省は、2015年に慰安婦記述を大幅に取り入れた学び舎と言う反日資料集を合格させたのであり、2020年には「従軍慰安婦」記述を記した山川出版を検定合格させるとともに、「従軍慰安婦」記述反対運動の中心である、反日思想解体運動のトップランナーである「つくる会」を潰しにきたのである。

こう考えてくれば、『新しい歴史教科書』の検定合格とは、世界史的に反日反米体制打破の第一歩となるものだと位置付けられよう。

 なお、アメリカの「1776委員会」にあたるものが、日本にも必要であろう。しかし、どの年を重視するのかでもめることになるだろうから、〇〇年という形にはならないであろう。ただし、「1776委員会」と同じ趣旨のものが必要であるとはいえよう。



《追記 本当に優遇された山川出版、2021年4月6日》

 山川出版は、本当に大甘の検定を受けたと思う。山川の簡単な検討は昨年5月か6月頃に私も行った。その時、「あれっ、ほとんどアクティブ・ラニングがないけれど、どうなっているのかな」と思ったことを覚えている。『新しい公民教科書』は検定不合格になる恐れが明確にあった。それは2点の理由からだ。一つは、一つの検定意見について何度も修正させられてなかなかOKをもらえず時間切れになってしまつたかもしれないと言う理由だ。もう一つは、アクティブ・ラーニングが足りないという理由だ。

 今回問題にしたいのは、この二点目の理由に関してである。この理由については少し言い掛かりの要素もあったが、平成26年度検定で合格した前回の他社公民教科書との比較ではアクティブ・ラーニングが不足している感じがあった。言い掛かりとこちらが捉えたのは、ディベートや卒業論文では他社より相当に力を入れていたからである。とはいえ、雰囲気的にも、全体的にも、アクティブ・ラーニングが不足しているという指摘は正しいものであった。教科書調査官は、〈アクティブ・ラーニングの3つのポイントは、主体的な学び、対話的学び、深い学びである。このうち対話的学びが大事であり、これが不十分である〉と述べた。そこで、対話的な学びを充実させるべく、アクティブ・ラーニングに焦点を当てた大コラムを16頁も増加し、さらに小コラ的なアクティブ・ラーニングの箇所を20数か所も新設した。それでようやく、アクティブ・ラーニングの件に関して合格となったのである。

 だから、山川を一年前に検討したとき、あれっと思ったのであった。最近新設された〈つくる会CH〉を見ていると、山川については大甘の検定が行われたという解説が行われていたので、山川をざっと見直してみた。すると、アクティブ・ラーニングが不足していると思わざるを得なかった。『新しい公民教科書』の申請本の方がはるかにアクティブ・ラーニングの点で充実しているものだった。3つのポイントのうち特に最も重要な〈対話的な学び〉はゼロであった。他の二ポイントは存在するのだが、二ポイントとも十分と言い切れないものだった。『新しい公民教科書』と比較した場合、山川は異様に保護されていたのである。これも、一種のダブルスタンダード検定であろう。私たちが〈対話的な学びが不足している〉と言われて、対話的な場面を中心にアクティブ・ラーニングの箇所を30以上増やすために悪戦苦闘していたときに、山川は付されるべき検定意見も付されずに、悠々と検定合格していたのである。法の下の平等に反する事態である。

 さらに言えば、『新しい歴史教科書』の場合は、文科省の方針に忠実にアクティブ・ラーニングに力を入れ、例えば兄弟同士の討論場面を多数盛り込んだ。討論場面だからすっきりした表現にしたら、「そうはいいきれないではないか、学説と異なる」として欠陥箇所にされてしまったのである。こういう欠陥箇所なるものが本当に多数存在する。何とも皮肉なものだ。

 ともかく、山川が文科省に過剰保護されて検定合格したことは隠しきれない事実である。


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