育鵬社の声明批判、その3……無意味な言葉を発するしかできない育鵬社(盗作問題について)

    今回は、育鵬社の6月13日声明に対する批判の最終回である。最初に声明の全文を掲げよう。①②③の番号は、私が記したものである。

当社の歴史教科書記述について一部で批判があるようですが、事実に基づかない誤った言説であるため、以下ご説明いたします。

①【外国の地名・人名の振り仮名について】
  当社の歴史教科書の中国、朝鮮の地名・人名については、教科書という教材の性格を考慮し、上ルビに日本語読み、下ルビに現地(語)読みを記しています。
  これは当社が、その教科書事業を引き継いだ扶桑社版教科書においても同様の措置を取っていたものであり、育鵬社版で初めて行ったとの指摘は、まったくの誤りです。

②【南京事件の記述について】
 また、1937(昭和12)年の南京事件の記述についても、扶桑社版教科書の編集方針を踏襲しており、育鵬社版で改変したものではありません。

③なお、扶桑社版歴史教科書に関して、特定の著者が単独で執筆したと捉える向きがありますが、これも事実と異なります。同教科書の奥付に記載のある、各監修者及び執筆者と同社編集部により執筆されています。



   前回までで①②の批判を行ってきた。今回は、③の点を批判しておこう。①②については、嘘っ八ではあるが
何を書いたものか、何を狙って書いたものかまだ分かる記述となっている。しかし、③については、何を書いたものか、何を狙っているのか、よくわからない文章となっている。もちろん、育鵬社盗作問題に関する一種の弁明なのであろうが、何の弁明にもなっていない。

   ③は2文からなっているが、まず第一文の意味が分からない。「特定の著者が単独で執筆したと捉える向き」があるのであろうか。例えば藤岡氏が単独で執筆したと言っているような人は、いるのであろうか。誰も言っていない言説をでっち上げて、その言説を否定することによって何か自分たちが正しいかのようなポーズをとる作戦なのであろう。

  次いで、架空の言説を否定するために書かれた第二文については、そのとおりとしか言いようがない。だからと言って、一体、何なのかということになる。だからと言って、育鵬社による盗作が否定されるわけでは全くない。全く無意味なことを書いているのである。私の公開質問状に対する5月15日付回答と同じである。焦点は、著作権が「つくる会」側の著者にあるのか育鵬社側の著者にあるのかであったのだが、5月15日付回答は、平成23年度までの出版権が扶桑社にあるという無意味な回答であった。
    https://kenpokominrekishi.seesaa.net/article/201205article_8.html


  今回の声明は、恐らく、各監修者及び執筆者と同社編集部の間で共同著作権が成立しているから、藤岡氏らの原稿をリライトしても盗作ではないと言いたいのであろう。だが、平成21年8月25日東京地裁判決は、明確に、共同著作権を否定した。それに、共同著作権が成立するとしても、藤岡氏らの許可なく、藤岡氏らの原稿をリライトすることはできないのである。だから、間違いではないが、無意味なことを書くしかなくなっているのだろう。

  5月15日と6月13日の二回にわたって、育鵬社は、盗作問題について無意味な弁明の言葉を発するしかなかった。もはや、謝罪しか、育鵬社には道は残されていない。そのことを十分に認識されたい。

  再度言う、育鵬社よ。盗作を認め、藤岡氏らと社会に対して謝罪せよ。
  責任者である真部氏よ。何も言い返すことがないことは、貴方が一番わかっているのではないか。育鵬社の方針を謝罪にまとめられよ。

この記事へのコメント

okusama
2012年06月20日 14:22
育鵬社のトップが真部氏に、きちんと弁明し、ホームページに記しなさい・・・・と命令でもしたのでしょう。

もう黙ってはおられない状況になっているようです。

小山先生の育鵬社の弁明への批判は緻密ですね。大体、育鵬社は扶桑社の教科書出版を引き継いだだけなのに、編集方針や、内容を引き継いだ・・・・と、白状しているのです。驚いてしまいます。

それにしても③の著作権?に対する弁明は苦しいものがありますね。小山先生がおっしゃるように、こんな下手な誤魔化しが通用すると思っているところに、苦し紛れ・・・というか、著作権違反への有効な言い訳を一つも持っていないということが分ります。

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