八木氏中国旅行→育鵬社「南京事件」肯定の流れ---解明すべき問題の整理

前回、「つくる会」が平成18年5月29日のFAX通信で発表した「理事会が真に危惧していた八木氏らのもうひとつの“暴走”―――中国社会科学院の企図する日本攻略に関して」という文書(同年5月27日付)を掲げた。

2012/05/31 23:32
理事会が真に危惧していた八木氏らのもうひとつの“暴...
https://kenpokominrekishi.seesaa.net/article/201205article_13.html

  この文書を小見出しを付けながら読み、中国スパイ事件に関する新聞記事その他の資料を読んでいく中で、多くの疑問あるいは問題を感じてしまった。今後、育鵬社が検定申請段階から「南京事件」肯定の記述を行った背景を探っていく上で、研究しなければならない諸課題を列記しておきたい。
   
中国旅行から「南京事件」肯定までの道筋 
 
 まず、生起した事項を時間順に並べておこう。

1)平成17年9月下旬……「つくる会」事務局員だった福原慎太郎氏(松下政経塾出身)が、若手事務局員の3人に中国、韓国、台湾などのどこかに旅行に行こうと提案
 ・4人の間では、中国の盧溝橋・抗日記念館、「南京堵殺記念館」などの反日施設訪問旅行を行うことが決定。

2)その後、福原氏が、12月16日~19日の日程を提案

3)10月中旬……福原氏が、松下政経塾時代に一緒だった中国社会科学院・日本研究所の張研究員に連絡、研究所訪問を打診

4)11月……八木氏、宮崎事務局長、『正論』編集部の小島新一氏が旅行に同行することが決定

5)12月16日~19日、中国旅行。参加者は福原氏、若手事務局員3名、八木氏、宮崎氏、小島氏の7名
   ・中国社会科学院・日本研究所を訪問、3時間の懇談。社会科学院側の発表者と順番はきっちり組まれていた。

6)平成17年12月下旬……八木氏が、中国社会科学院・日本研究所所長蒋立峰氏へ手紙を送り、歴史認識について話し合うためととして、日本招待

7)平成17年12月下旬から18年2月
   ・帰国後、小島氏が懇談内容の『正論』掲載を提案
   ・平成18年2月1日、『正論』3月号に懇談内容が掲載。3月1日発売の4月号に、懇談の後半部分が掲載

8)平成18年4月30日……八木氏と4理事が「つくる会」から出ていく

9)平成18年5月中旬……中国社会科学院・日本研究所所長蒋立峰氏らが訪問、八木氏のグループと討論。
        ・今後も議論しあう機会を設けることが確認される
      ・同年10月、岡崎研究所の「日中安全保障対話」……李春光が中国社会科学院・日本研究所研究員の肩書で司会を務める。

10)平成19年7月24日……教科書改善の会設立時、「教科書改善の基本方針(概要)」
  「南京事件については、事件の存否・規模について学説上の対立があり、実態が把握できていないことを明記する。」……事件の存在を肯定はしていない。だが、なぜ、明確に「南京事件」否定の立場を明確にしないのか、こんな中立的な立場表明を行うのか、という批判が多く出た。

11)平成22年4月……24年度使用育鵬社歴史教科書検定申請本で、「南京事件」は存在したと認める。
検定申請本・合格本
 「このとき、日本軍によって、中国の軍民に多数の死傷者が出た(南京事件)。この事件の犠牲者数などの実態については、さまざまな見解があり、今日でも論争が続いている」(209頁)。……平成19年の時より、更に立場を後退させた。



  疑問点

  以上のように時系列で並べてみると、いろいろな疑問が出てくる。それらを以下に並べてみよう。

①福原氏とは何者なのか。
②福原氏は何を考えて中国旅行をお膳立てしたのか
③福原氏と張研究員とはどういう関係にあるのか。
④張研究員とは何者なのか
⑤松下政経塾と中国の関係をどう考えればよいのか
⑥中国社会科学院・日本研究所とはどういう機関なのか
 蒋立峰氏とはどういう立場の人間なのか
⑦若手事務局員は何を考えて中国に行ったのか
⑧宮崎氏は、何を考えて中国に行ったのか
⑨7名の中国旅行とはどういうものだったのか
⑩八木氏は、なぜ、中国社会科学院・日本研究所を訪問し、懇談してしまったのか
⑪八木氏は、なぜ、理事会や執行部会に諮らずに、中国へ行き中国社会科学院・日本研究所所との討論を行ったのか
⑫八木氏は、なぜ、中国社会科学院・日本研究所所長蒋立峰氏を招待したのか
⑬平成18年5月中旬(5月17日?)に行われた議論とはどういうものだったのか
⑭その後、八木グループが行った中国との交流はどのようなものだったのか
⑮平成19年から22年に至る過程で、なぜ、「南京事件」肯定に転換したのか。

更に言えば、
⑯福原、張、李春光の三氏の間の関係とはどういうものか。今のところ、福原と李、両氏の関係は直接確認されていない。中国社会科学院・日本研究所つながり、松下政経塾つながりしか確認されていない。
⑰岡崎久彦氏の「南京事件」に関する立場とはどういうものなのか、あるいは中国との関係はどういうものなのか
⑱小島新一氏は、なぜ、旅行に参加したのか。氏の一連の行動は、何を狙ったものだったのか。産経新聞社としての意思が何か込められていたのか。

  以上の15項目あるいは18項目がとりあえず、疑問として挙げられる。他にもいろいろ考えられようが、中国社会科学院・日本研究所、福原慎太郎氏、八木氏、小島新一(産経新聞社)氏という四者の絡み合いをどう考えるかということが基本になるのではないか。あるいは、ここに宮崎氏のグループの意向、岡崎氏の意向という二点も付け加えて、問題を考えなければならないのかも知れない。この記事を読まれた方は、独自に考えられ、調査されたい。

  何か根拠のある情報を掴まれた方は、あるいは既に持っておられる方は、メッセージ欄やコメント欄を通じて、お寄せください。あるいは、「つくる会」の活動を行っている人にお伝えください。

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