理事会が真に危惧していた八木氏らのもうひとつの“暴走”―――中国社会科学院の企図する日本攻略に関して

  中国大使館一等書記官によるスパイ行為   

  一昨日、中国大使館1等書記官李春光のスパイ疑惑が報じられた。主に読売新聞の報道を基に、李の来歴を以下にまとめると、
 ・1989年に中国人民解放軍を卒業後総参謀部に所属
 ・1993(平成5)年5月、「須賀川市日中友好協会」の国際交流員として来日。
 ・1995(平成7)年4月から1997年3月、福島大学大学院で日中関係論文
 ・1997年5月、中国社会科学院・日本研究所に勤務。日本研究所副主任となる。
 ・1999(平成11)年4月から10月 松下政経塾、海外インターンとして在籍
 ・2003(平成15)年9月から2007年、東大東洋文化研究所・公共政策大学院に研究員として在籍
 ・2006(平成18)年10月、岡崎研究所の「日中安全保障対話」の司会を務める……中国社会科学研究院・日本研究所研究員、東大東洋文化研究所研究員の肩書で
 ・2007年7月、在日中国大使館に着任
   この直後から、公安部の捜査員が、李の動向を追っていた。
 ・2010年8月、筒井信隆・農水副大臣らの勉強会に出席
 ・2010年12月、筒井農水副大臣が中国の国有企業と覚書を締結
 ・2011年7月、一般社団法人「農林水産物等中国輸出促進協議会」が発足
 ・2012年5月、中国に一時帰国
  
となる。

  ここで、気になる単語は、中国社会科学研究院・日本研究所、松下政経塾、岡崎研究所の三つである。三つの言葉を見ると思い出すのは、「つくる会」分裂の最大原因となった八木秀次氏の中国旅行のことである。2005(平成17)年12月、八木氏は観光旅行の名目で中国旅行を行った。その際、中国社会科学研究院・日本研究所を訪れ、3時間にもわたって、蒋立峰所長等と『新しい歴史教科書』をめぐる懇談を行った。そして、懇談内容を平成18年3月号、4月号の『正論』に掲載した。すべて、他の理事に諮ることもなく、八木氏の独断で行ったことである。その結果、理事会内部は大混乱し、「つくる会」分裂騒動に発展していくのである。
 
  そもそも、この中国旅行を企画したのは「つくる会」事務局員であった福原慎太郎氏である。彼は、松下政経塾22期生であり、2001年4月から2004(平成16)年3月まで在籍した。彼は、在塾時に一緒に過ごした中国社会科学研究院・日本研究所の張研究員に、日本研究所来訪を打診していた。その結果、当初は観光旅行のはずだったものが、いつのまにか、歴史教科書をめぐる日中懇談にすりりかえられていった。この動きに抵抗せず、そのまま乗っかっていったのが八木氏であった。八木氏は、「つくる会」理事会に諮ることなく、勝手に中国へ行き、勝手に懇談を行い、更には帰国後に中国社会科学研究院・日本研究所長などを日本へ招待した。要するに、氏は、中国との交流路線へ会の方針を独断で転換しようとしていたのである。
  
  この転換は、結局、失敗した。失敗すると、2006年4月30日、八木氏を初めとした6理事が「つくる会」を出て行った。そして、氏らは、同年5月、八木氏の招待に応じた蒋立峰中国社会科学院日本研究所長等と歴史認識をめぐる議論を行ったのである。つまり、氏は、つくる会を出て、日中交流路線を推進していったのである。そして、氏の行動を擁護したのが、岡崎研究所の岡崎久彦氏である。氏は、八木氏とともに、育鵬社歴史教科書の監修者6人の一人でもある。

  育鵬社が「南京事件」を認めた背景が分かった 

   私は、育鵬社の教科書が、なぜ中国語読み・韓国語読みのルビを振りだしたのか、なぜ検定申請段階から「南京事件」を肯定する記述をしたのかと訝っていた。だが、今回のスパイ疑惑のニュースを見て、ストンと腑に落ちた気がした。明らかに、育鵬社の変化には、中国の圧力あるいは影響があったのである。中国に籠絡された育鵬社という構図である。

  実は、平成18年5月の時点で既に、「つくる会」は中国に籠絡されていく八木氏の危うさについて、明確に指摘していた。それが、「つくる会FAX通信」第175号(平成18年5月29日)に掲載された「理事会が真に危惧していた八木氏らのもうひとつの“暴走”―――中国社会科学院の企図する日本攻略に関して」という文書である。この文書は、平成18年5月27日に行われた「全国支部長・評議員合同会議」の議論をふまえて作成されたものであ。以下に掲げるので、熟読されたい。なお、ブログ掲載にあたり、小見出しを付け、色付け等を行った。

   まさしく、この6年間、この文書の予言どおりに事は進んでいく。そして、八木グループが牛耳る育鵬社教科書は、検定申請段階から「南京事件」を肯定するに至ったのである。




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理事会が真に危惧していた八木氏らのもうひとつの“暴走”―――中国社会科学院の企図する日本攻略に関して
                             
                                                  平成18年5月27日
                          新しい歴史教科書をつくる会


 教科書改善・正常化運動の最大の妨害者は中国

  「つくる会」が目指した教科書改善・正常化運動の妨害者は、国内の左翼勢力のみならず、これと連動した中国、韓国、北朝鮮であることはもはや説明を要しない。

  なかでも、中国(中国共産党)は、その中心的位置にある。日本の教科書の検定で、「侵略」を「進出」に書き換えさせたという「誤報事件」から1980年代以降の教科書問題はスタートしている。誤報事件を煽ったのは「朝日新聞」をはじめとする左翼マスコミであるが、これを利用して日本政府に圧力・攻撃を加え続けてきたのが、共産党による独裁国家・中国である。とすれば、私たち教科書改善・正常化を目指す者にとって、中国が“最大の敵”であることは言うまでもない。

 中国にとって目障りな「つくる会」

  中国のねらいは、単に教科書問題に留まらない。あらゆる手段、工作を通じてアジアの覇権を確立するために日本を支配しようとしている。そのためのターゲットが「教科書問題」や「靖国問題」を貫く「歴史認識」問題なのである。そのことを理解すること無しに、執拗な教科書・靖国攻撃を理解することはできない。つまり中国は国策としてこれを行っているのであり、「話せばわかる」というレベルの問題ではない。中国はありとあらゆる手段を通じて工作してくる国なのである。中国が如何に教科書問題を重視しているかは、あの執拗な攻撃と、南京の「大屠殺記念館」に、その象徴として「つくる会」副会長の藤岡信勝氏の写真を掲出していることを見ればすでに明らかである。

 私たちが好むと好まざるとにかかわらず、「つくる会」は中国にとってそれ程「目障り」な存在であり、それゆえに「ありとあらゆる手段を通じて工作する」対象なのである。

 中国の最近の動向が如何に危険なものであるかは、中西輝政氏が、『正論』4月号で「中国の対日工作を予言していた米国の『防諜官』の驚愕証言に学べ」という論文を書き、『文藝春秋』6月号でも「日中戦争はもう始まっている」と題して警鐘を乱打しているとおりである。「つくる会」もこの認識を持たなければならないことはいうまでもない。

  理事会に諮らず中国社会科学院で意見交換した八木氏……平成17年12月 

  このような状況のなかで、八木氏らは昨年12月中旬、「つくる会」の事務局職員有志の観光視察旅行に同行する形で中国を訪問した。盧溝橋にある「中国人民抗日記念館」や南京にある「南京大屠殺記念館」等一連の反日施設の見学がその目的であったということであるが、それに留まっているかぎり、特に問題はない。

   しかし、その視察旅行のなかで「つくる会」会長であった八木氏が、中国社会科学院日本研究所を訪れ、蒋立峰所長等と『新しい歴史教科書』を巡って意見交換をする機会を得」たという。ことがここに及ぶと、これは全く別次元の問題となる。八木氏は、この意見交換の内容について、『正論』3月号、4月号で公表しており彼の頭のなかに、この行為が問題であるとの認識は全くなかったようである。先に述べたとおり、中国は「つくる会」にとって「最大の敵」なのである。その中国に「つくる会」の会長が乗り込んで「意見交換」を行うとするならば、「つくる会」にとって大きな方針転換であり、当然、執行部会や理事会で慎重な協議を尽くした上で、十分な準備を行って臨まなければならない大問題である。しかし、私たちは、中国側との対話を全く無意味だと言っているのではない。八木氏は執行部会にも理事会にも全く相談することなく、「意見交換」に臨んだのである。これは、完全な「会長独断による暴走」である。このような「暴走」が、如何に危ういものであるかは、中西輝政氏の指摘するとおりである。そればかりではない。産経新聞5月18日付の報道によると、今度は「中国社会科学院の蒋立峰・日本研究所長等研究者グループが来日し、新田均氏ら日本側研究者と激論を交わした」「両者は今後も互いの主張を戦わせる機会を設ける」とのことである。

 八木氏は、中国との交流路線を追求していた 

  この日本での討論が、何処で行われ、新田氏の他にどのようなメンバーが参加していたのかは不明であるが、4月30日に、「つくる会」内部における一連の謀略等不祥事を行ったことに起因して、和解の呼びかけを振り切って理事を辞任せざるを得なかった人々と、中国の国家機関である中国社会科学院・日本研究所所長等研究者グループが再び会ったということの重大な意味を、八木氏等は認識できないのであろうか。これでは、中国が狙っていた「つくる会」の分断にやすやすと成功したということになるのである。

  しかも、今回の中国側の来日が、当時会長であった八木氏の手紙による提案によって行われたものであることが、その後の調査で明らかになった。八木氏は、昨年末、蒋立峰所長宛のお礼の手紙のなかで「正式に合同研究シンポジウム公開討論会のことを提案」していたのである。もちろん、執行部会や理事会に相談することなく全くの独断である。会員の皆様には、この八木氏の独断的行動が会長としてふさわしいのかどうかはご理解いただけるのではないかと思う。

  こう考えると、もし4月30日に八木氏と4理事が辞任していなければ、「つくる会」内部での十分な議論も準備もないまま中国との交流路線が「つくる会」の方針にされてしまった危険性が十分にあったのである。
 
 中国の工作に嵌った八木氏 

  これは明らかに中国の国家機関が仕掛けてきた工作である。否、中国側が仕掛けたのではなく、八木氏らが「飛んで火にいる夏の虫」になったのである。中国側はこれは利用できると考えたのであろう。中国は「意見交換」などどうでもよいのである。「つくる会」会長であった八木氏との交流が明らかになれば、「つくる会」の内部に混乱が生じ、うまくいけば、会の分裂=弱体化が起こると踏んだ中国側の工作がそこから始まったのである。そして、八木氏らは、結果として中国が意図したとおり行動した。中国側の、工作がまずひとつまんまと成功したということになる。

  八木氏は、当初多くの会員の期待を集めていたが、残念ながら、その期待に応えるような人物ではなかったという結論にならざるを得ない。

  このような報告を会員に対して行うことも、ある意味では中国側を利することになることは十分承知している。しかし、八木氏らのグループによってその後も「つくる会」つぶしの悪質な言動が続いていることを看過することはできないことから、「つくる会」を守るために敢えて公表するものである。

  桜井よしこ氏が5月21日付産経新聞紙上で「いま、中国に重宝がられる首相を選んではならない」と言っているように、「つくる会」は「いま、中国に重宝がられる会長を選んではならない」のである。八木氏には、この重大な過ちに一日も早く気づいてほしいものである。

  理事会は、このような理不尽な妨害をはねのけ、7月開催の第9回定期総会において新たな体制を確立し、教科書改善運動の一層の前進を計っていく決意である。

この記事へのコメント

okusama
2012年06月01日 21:46
中国はしたたかです。そして八木氏たちは、あまりにうぶです。うぶだけれど、つくる会つぶしを今でも必死でやっています。育鵬社・八木氏たちと仲良くしろという人たちは、つまりは中国と仲良くしろということになりますね。
小山
2012年06月01日 22:59
皮肉な言い方をすれば、八木氏らの大規模盗作も、中国文化の影響を受けたのかなともいえます。結果的に、彼らの盗作は、中国を利することになります。日本は盗作文化の中国批判を出来なくなるからです。ともかく、とんでもないことをしてくれたものです。 平成17年末から18年にかけて、不用意な中国旅行・中国社会科学院訪問を通じて、八木グループは中国に首根っこを押さえつけられたのだろうと考えられます。ですから、「南京事件」を肯定はしないと宣言していたにもかかわらず、「事件」の肯定を中国に命令され、検定申請段階から事件肯定の記述をしたのでしょう。

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